お母さんと私とお嬢様・5
「どうして笑うの、ウォード。私面白いこと言ってない」
クリスティナに睨まれたところで、怖くもなければ敵意も感じない。むしろさらに可笑しくなるだけだ。
「すまない。クリスティナの態度は一貫しているのに、俺が耐えきれなかった」
「謝ってもらってる感じがしない。ウォードまだ笑ってる」
それはそうだろう、ウォードも謝っているつもりはない。それでも一応、手刀を切る形を取り態度でも謝罪の気持ちを示す。
クリスティナが疑っているので無意味ではあるが。
自分に厳しい実母が、シンシアには優しいという事実を目の前で見せつけられて、どれだけ落ち込むかと思えば妙に冷静。
拗ねるでもひがむでもなく受け入れるところが、クリスティナらしい柔軟さといえるか。
「ハートリー様?」
微かに震える声で呼びかけるのは、シンシア。
母を許して欲しいと乞われたのに、すっかり忘れウォードはクリスティナに構っていたのだった。
レイ・マードックがもの問いたげな目つきをしているのは、話が横道にそれたと感じているせいで、実際にその通りだが、クリスティナといれば既定路線。
「そのようにおっしゃる必要はありません。ハートリーの言葉は信用ならないでしょうが、私個人の信条として、何の問題も起こさないうちから咎めることはしない」
ウォードの返事に、シンシアは目に見えて安堵した。
色を失っていた頬にうっすらと赤みがさす。
「ありがとうございます。寛大なお心に感謝いたします」
「かんだいなお心」
クリスティナが呟くのは「寛大」という言葉を知らないか「狭量な男に何を言っている」とシンシアの発言に異議があるか。
ウォードとしては聞いてみたいところでも、それこそ話が逸れる。
ふと、シンシアの視線がクリスティナの手もとに定まった。ウォードが早く取り上げたいと思っている小瓶。
「それはママの?」
無言で頷いたクリスティナが、思いついたように尋ねる。
「シンシアお嬢様は中身がなにかご存知ですか」
「『貴婦人の親友』」
余計に分からないと言いそうなクリスティナと違い、男ふたりは軽く緊張感を漂わせた。
この地方で古く使われる毒の隠語が「貴婦人の親友」。
「『あの日』お母様が服用なさったものを、ママも同じように持っていたの。ママには私がいたから使うことができなくて、その小瓶をお母様の形見のように大切にしていたわ」
シンシアの言う「お母様」はマクギリス伯夫人を指す。
クリスティナの口角が一気にに下がった。気に留めない様子でシンシアは微笑する。
「それを譲るなんて。私の前ではクリスティナの話を一切しなかったけれど、ママはずっとクリスティナを気にかけていたんだわ。優しいママらしい」
シンシアにかかれば美談。
「そんないいお話じゃない気がする」
不服ながらも声高に訴えることは控えるクリスティナの唇の形は「絶対絶対違うと思う」と雄弁に語る。
「どうしよう」
極めて小さな声で「気が合わない」と告げられ、ウォードはまた笑ってしまった。




