お母さんと私とお嬢様・4
「なんだか疲れちゃった」
呟くクリスティナに、そうだろうとウォードも思う。クリスティナに得体の知れない小瓶を持たせているのも心配だ。
「クリスティナ、その瓶を」
渡すよう促せば、逆に握りしめる。
「危ないものかもしれないから、私が持ってる」
「危ないものなら、なおのこと俺が持っていよう」
「でも、ウォードが間違えて飲んじゃうといけないから、私が持ってるね」
それはない。むしろ持たせる方が不安だとウォードは思うのに、クリスティナは深刻な表情を崩さない。説得は難航しそうだ。
「クリス」
待ちわびた救世主が路地に現れた。
「――クリスティナ?」
体格のよいレイに隠れるようにして、後ろから遠慮がちに呼ぶ女の子の声。
クリスティナがはっとして目を凝らす先にいるのは、金髪の少女。瞳が緑色であることを、ウォードはすぐに認めた。
表情豊かで元気いっぱいなのがクリスティナだとすると、柔らかな物腰と思慮深い雰囲気を持つシンシアは好対照。
「……シンシアお嬢様」
クリスティナにも分かったらしい、少女は現在アマリアと名乗るシンシア。ウォードの視線を受けて、レイが素早く頷き肯定する。
「いきさつをざっと話した。これまでクリスの身を案じてくれていたそうだ」
レイが先を促すかのように微笑みかけると、シンシアは潤んだ瞳をクリスティナへと向ける。
「無事で本当に良かった。会えて嬉しいわ、クリスティナ」
「身に余る光栄です、お嬢様」
固い口調に違和感を覚えたらしいレイがなにかしら言いかけた時、シンシアがメイジーの異変に気がついた。
「ママ、どうしたの?」
急ぎ足で近づき、しゃがんで顔を覗く。
「……ママ」
クリスティナの聞き取れないほど小さな声を、ウォードは聞き逃さなかった。
実子であるクリスティナは「お母さん」と呼んでいた。伯爵家の娘のシンシアは、城砦ではメイジーを名で呼んでいたことだろう。それが今はためらいなく「ママ」。
「ママ、大丈夫?」
心から案じていると伝わる呼びかけは、メイジーを揺り動かしたらしい。
「アマリア」
メイジーの柔らかさを感じさせる声は、ウォードが今日初めて耳にするものだ。注意深く観察すると、僅かではあるが表情や目に生気が戻ってきている。
「ハートリー様、母が失礼な態度を取ったかもしれません。ですが、すべては私を守ろうという気持ちからなのです。本当は思いやりがあって優しいのです。責任感の強さからくる行き過ぎた言動は、非力な女のすることと思し召して、どうかお許しくださいませ」
美少女の訴えは胸に迫るものがある。横目に入るレイは、明らかに同情を寄せている。
「思いやりがあって優しくて非力? 別の人? お母さんが優しかったことはない」
眉間に皺を寄せてのクリスティナのあまりに正直な感想に、場違いであると知りつつもウォードは笑いをこらえきれなかった。




