お母さんと私とお嬢様・3
母メイジーは泣くクリスティナを気にすることなく、心ここにあらずの様子でいる。
ウォードは「今日の泣きは長いな」と思いながらも、涙を止めるために効果のありそうな物が手元にないので、とりあえずクリスティナの背中を撫で続ける。
自分が背中を撫でたところでなんの役にも立たない気がしているし、泣き声に罪悪感を感じこちらも辛い。それは、こんな場を作ってしまった罰のようなものだろうと思う。
昨日、レイ・マードック様が劇団員から気になる話を聞きつけた。
アガラス家の女中が、見習い侍女風の美しい少女をつれて連日舞台稽古や劇を見に来るというものだ。
容貌を聞いてウォードは、メイジーでまず間違いないと判断した。
アガラス屋敷に乗り込むのではなく広場での接触を図るのはどうか、とレイから提案があった。
メイジーを単独にできれば、さらに話しやすい。クリスティナを目立たせ、おびき寄せることにした。
挙動が不自然にならないようクリスティナには黙っておこう、と男ふたりの意見は一致。
そして本日、ウォードがあえてひとりにしたクリスティナにメイジーが近づき、親子らしい会話を始めたところで、レイかウォードが退路を塞ぎつつ話に加わるという計画は、とても順調に思えた。
メイジーがクリスティナの頬を打ち、引きずるようにして路地に入るまでは。
もちろんウォードは物陰から見ていて、後をつけた。が、ふたりの背中のすぐ後ろで閉じるように路地がなくなったのだ。
全く理解できず、これまでにないほどに焦った。こちら側から入れないのなら逆から。しかし反対側もまた見つからなかった。
おかしい、そんなはずはない。人外の力が働いているなら、走り回っても無意味だと理解しつつも探し続けた。
ハートリー家の守護様クリスティナの呼ぶところの「にゃーごちゃん」の力を借りるべきか。しかし、どうやって。
まだ、ルウェリン、レイ・マードック様と守護狼様のほうが通じているように思える。
シンシアがひとりならば、彼女の様子を見ながらレイ・マードック様が話しているはず。邪魔をするのはためらわれた。
打つ手なしで焦りだけを募らせていたところ、突如として路が開け、駆け込んだ先では硬い表情のクリスティナと足腰が萎えたように地面に座り込むメイジーの姿があったというわけだ。
娘がこれだけ泣いているというのに、無関心な母。離れて暮らし長いとはいえ、違和感がある。
事情を聞きたいが、まずはクリスティナが泣き止むことが先決だ。
「どうしたら泣きやむ?」
「頑張ったら」
率直に聞いたウォードに返ったのは、思いがけない言葉だった。
「頑張る?」
俺がなにかを?
頭が疑問で埋め尽くされるウォードをよそに、クリスティナが目に見えて落ち着いてくる。
ふうう。息を吐き、着ている服の袖で雑に顔を拭いてから照れくさそうに笑う。
「頑張ったから、止まった」
「頑張る」は自身のことだったらしい。
「昔『涙は鼻水と同じで汚いので人前で流してはいけません』とお母さんが教えてくれたの。これを何回も唱えると止まるの」
クリスティナはさも常識のように教えてくるが、世のご令嬢方とはかけ離れた考えであることは異性慣れしていないウォードにも分かった。




