お母さんと私とお嬢様・2
ぽいっと放り出して「こんな瓶は知らない」と言ってしまおうか。クリスティナの迷いは、しっかりと顔に出たらしい。
「中身がなにか、知らないのか」
「聞いてない」
おお、さすがの察しの良さ。クリスティナは大きく頷いた。
「母親が持っていたものか」
もう一度コクリとすると、ウォードの視線は母メイジーへと移った。
ぺたりと地に座ったままではあるけれど、先ほどまでとは違い目の焦点が合っている。
「本人に聞くのが一番だろうが、様子がおかしい。それを飲んだのか」
どうしてそうなる。クリスティナの目が点になった。
なに言ってるの。これはウォードか私が飲むとこだったのよ、何かは知らないけど。
「お母さん、飲んでない」
次の質問を聞かなくても、ウォードが考えていることはクリスティナにはお見通し。
「お母さんに無理を言われて私が困ってたら、ダー君が助けてくれたの」
「どのように?」
「信じてくれるの?」
いきなりダー君の名前を出したのに受け入れるなんて、びっくりだ。ウォードが嫌そうな顔になる。
「あるはずの路地が見つからない時点で、守護様の関与を疑ってはいた」
お話が早い。
「それで、聖王家の守護様は母親に何をした」
「なにって……」
ダー君が隠したことを私がほいほい話していいのかな。言い淀むクリスティナを見つめるウォードの眼差しの冷ややかさに、瞬時に考えを改める。
大切なのは、今ここにいないダー君への義理立てではなく、目の前のウォードに誠実な態度で接することではないでしょうか。はい、そうです。
「お母さんの頭を、ダー君が光る槍で後ろから刺しました。その後、槍はぴぃちゃんになりました」
「なんだと?」
驚いたお顔もいいと思うクリスティナに、ぴぃちゃんが「お口とっても軽いです」と呆れている気がしないでもない。
「失礼」
ウォードが母メイジーの横に片膝をつき、慎重な手つきで頭を固定した。もう片方の手を顔の前で左右に動かし、目で追わせる。
「目の動きは正常だ。俺が誰だか分かりますか」
「はい、ウォード・ハートリー様。忘れるはずがございません。私はこの命ある限り、あなた様をお恨み申し上げます」
「ひっ」
短い悲鳴はクリスティナのもの。ウォードの後ろからしがみつき、全力で母から離した。
「転ぶ、やめろクリスティナ」
片手を地について支え、もう片手でクリスティナを止める。
「離れてっ。お母さんは危険なのっっ」
叫ぶクリスティナとは逆にウォードはとても落ち着いていた。体をひねりクリスティナを横から抱えて、大丈夫だというように背中をぽんぽんとする。
「この程度のことなら言われ慣れている。言うだけなら自由だ」
「でもウォード」
母の代わりに謝りたいのに、目で制止される。
「クリスティナが気に病むことはない」
泣きそう、私泣きそう。ほら、柔らかく笑うウォードがぼやけて見える。
「泣けばいいとか思ってないから」
言い訳して、服の袖で涙を拭う。
「泣きたい時に泣くのも自由だ。離れて悪かった」
そんなに優しく言わないで。違うの、ウォード。お母さんの抑揚のない「お恨み申し上げます」が、心底怖かっただけ。
うまく言葉にできないけれど悲しい、クリスティナはしゃくりあげた。




