決断・1
出会ってしまったのなら仕方がない。ウォードは一段飛ばしに階段をおりて、子供を陰にしない位置に立った。
子供らしく切りそろえられた髪の色は淡い茶色。金髪ではなかったことに、緊張がゆるむ。
身なりは良いもののマクギリス家の娘とは違う。
「何者だ」
ウォードの問いかけに、子供が勢いよく顔を上げた。
瞬時に愛らしい顔が強張っていく。どうやら自分の世界に入り込んでいて、人が近づくのに気が付かなかったらしい。
「お名前のこと?」
恐る恐る尋ねるので、無言で顎を引く。
「クリスティナ」
やはりシンシアではなかった。
「何をしている。なぜひとりでいる」
クリスティナと名乗った子供は床に視線を落とした。
「ママに捨てられたの。連れてゆけないから、ひとりでどこへでも行きなさいって」
泣かれては面倒だと思うウォードの考えに反して、クリスティナは歳に似合わぬ諦めの表情を見せただけだった。
ウォードからは見下ろす形になる頬は削げている。疲れは子供の頬までげっそりとさせるもののようだ。
親が下働きの女中なのかなんだか知らないが、足手まといになるからと自身の子を置いて逃げるのは、人としてあるまじき行為に思える。いまのところ、クリスティナは素直で驚くほど聞き分けがいい。
「泣かないのか」
「泣かないけど、怖いし寂しいしどうしていいかわからない」
小さな花弁のような唇を震わせる。
「親の戻りを待っているのか」
「待っていても、来ない」
小さなため息はウォードの心の奥まで響いた。
「エイベル様のお友達?」
クリスティナが質問する。エイベルとはマクギリス伯の子息の名。
「様」とつけるからには、やはり妹ではない。
「いや違う。エイベルを知っているのか」
「みんな知ってる。会うとにこっとしてくれる」
嬉しそうな顔に、なんと返すべきか。エイベルの笑みは永遠に失われたと伝えるのは酷だ。
自分達が攻めなければ、この子供からエイベルの笑みを奪うこともなく昨日と同じ今日を過ごしていたはずなのに。
「どこか痛い?」
子供の声で我に返った。気の毒そうに言われる理由が分からない。
「血が出てる」
クリスティナの視線はウォードの革の胸当に出来た血の染みに据えられていた。
「これか、俺の血じゃない」
「良かった」
良かったと頷くこの娘は、話している相手が敵であると思ってもみないようだ。敵味方という思考がないのかもしれない。
「このあと、どうする」