お母さんと私とお嬢様・1
お礼を言ったけれど、どうしたものか。
先ほどまでの威圧感が消えどこかぼんやりとした母に、違う不安を覚える。
「ダー君、心を壊すなんてしちゃっていいの?」
「ダメに決まってるよ。『ヒトのことはヒトで解決』がお約束だから。王に頼まれないのにしたのは初めてよ」
それは聖王様にこってり叱られそうだ。でもダー君が来てくれなかったら、どうにもならなかった。叱られるなら私も付き合おうと決意する。
「私、この後ルウェリン城へ行くから、聖王様に『ダー君は悪くないです。ごめんなさい』って謝るね。拒否されるかもしれないけど、ダー君だけを悪者にはしないから」
「ダーは、カラスが叱られればいいと思う」
ダー君の素敵な笑顔に、ぴぃちゃんがぴしりと固まってしまった。
「人」に助けてもらおうにも、ウォードが来てくれたらお母さんが何をしたか分からないし、レイではルウェリン家まで巻き込むことになってしまう。
ここはダー君が来てくれて正解だったと信じよう。
今になってみれば「はい、ハートリーのご当主かご子息に一服盛ります」とひとまず瓶を受け取って、考えるのは後にすれば良かったんじゃ? と思うけれど。
さっきは余裕が少しもなくて、思いつかなかった。
ダー君が通りに目をやるのにつられて、クリスティナも視線を向けた。
焦りの滲む横顔はウォード。
「ウォード!」
思わず呼んだクリスティナの声は届かないようで、通り過ぎてしまう。
「忘れてた。邪魔されないようにしてたのよ」
ダー君が打ち鳴らした手は気持ちがいいほどぷくぷく。
「邪魔?」
「ダーはもう行くよ。もとひのお手紙を持ってるから」
服には書いていないようだと思ったら、お腹に手を当てる。きっと腹巻きにしているのだろう。きらめきと共に姿が消えた。
「ここか!?」
入れ違いにウォードが駆け込む。
「すまない! クリスティナ。人の気配はあるのに、どうしても路地が見つからなかった」
ああ、そういう。ダー君が「お人払い」的なことをしたのだろう。王家も王家聖王家の子だから特別な力があるに違いない。
心を壊すのは悪い事だと自覚しているので、目撃者を作りたくなかったんだ。きっと。
ひとり納得するクリスティナと視線を合わせるウォードの顔色は悪く、寒いのに額にはうっすら汗が浮かんでいる。
走り回ってくれたことが嬉しい。不謹慎なことを考えてクリスティナがうふんと笑うと、ウォードは思いがけないものでも見たような表情をした。
「嫌な思いをしたんじゃないのか、なぜ笑う。その瓶は」
瓶? なんのことかと視線を辿った先には、クリスティナの手。しっかりと瓶を握っていたことに自分で驚き、この世の終わりめいた気分になった。




