お母さんと私・3
思うより早かったね、ウォード。行ったばかりじゃない?
そんなに早くなにを買ってくれたのだろうと顔を向けて、クリスティナは息をのんだ。
影の主はウォードではなく女の人。すっきりとした髪型と街着が馴染んでいる。
「クリスティナ」
名を呼ぶ声はもう忘れた気になっていた母のものだった。考える前に返事をしてしまう。
「お母さん」
「生きていたのね」
静かな口調のなかに含まれる硬い響きに、思わず背筋が伸びた。
「どうやって生き延びたの?」
別れた直後のことを指すのか、これまでの年月の過ごし方を聞いているのか。
再会を喜ぶ気持ちを母の雰囲気から感じたい、とクリスティナは目を皿のようにして見つめる。
私は昨日見たからこの女の人がお母さんと分かるけれど、いるはずのない私をこんな人混みで見つけたくらいだ、メイジーお母さんはこれまでずっと私のことを気にかけていてくれたのかもしれない。
「私、頑張ったの。みんなに助けてもらって」
「みんな? 助けてもらった?」
どこが気に入らなかったのだろう。
「ごめんなさい」
分からないままに思わず謝ったクリスティナの腕を、母メイジーがぐいと引いて立たせた。
「ちょっと来なさい」
どこかへ連れて行こうとする。ウォードにここにいると言ったから、この場所から離れるのは困る。クリスティナは両足に力を入れて動くまいとした。
「だめ。ここを動く――」
ぱしん、と小気味良い音を立てたのはクリスティナの頬。痛いのは母が平手打ちしたから。
もう何年とされていなかったので、ショックが大きく遅れて熱を持った痛みも押し寄せる。
怒ってる。お母さんが怒ってる。お顔が信じられないくらい怖くて、見られない。
「ほら」
掴まれた腕が痛くても、痛いなんて言えないクリスティナは、力なく歩きだした。
連れ込まれたのは広場のすぐ脇の路地。奥は井戸のある洗い場で、お祭りだからか人がいない。
そこまで来て、母はクリスティナの腕を振り払うように雑に離した。
「子供のくせに媚をうって生きながらえたの?」
「誰に」と言わないから返事のしようがない。そして痛みと共に思い出した。
こういう時はクリスティナが正直に答えても、「言い訳はいい」とさらに叱られるだけ。黙って「ごめんなさい」を繰り返すのが正しいやり方なのだ。
「裏切り者」
聞き慣れない言葉を投げつけられて、クリスティナは母を見つめた。
「ハートリーに尻尾を振って、みっともない。恥を知りなさい。そんなにしてまで生きる価値が自分にあるとでも思っているの?」
痛い。頬だけじゃなくて色々なところが痛い。
頭の片隅で「ウォードといるところを見ていたんだ」と思った。
「ごめんなさい」
繰り返すと、母メイジーはすっと手を動かした。
また叩かれるのかと反射的にクリスティナが緊張すると、なぜか母の表情の険しさが薄まった。




