お母さんとお嬢様・1
城砦で育ったクリスティナの感覚からすると、アガラス屋敷には使用人が少ない。
こんなに歩き回って(ぴぃちゃんだから飛び回ってが正しい)も、人に合わない。
屋敷のなかを探りつつひとり言のように呟くと、「城砦は、ひとつの村みたいなもんだろ。壁んなかで大概のことが済むようできてる。だから住み込みが多いよな」と、はうるちゃんに言われて納得した。
「クリスティナはぴぃの城砦に住みたいのか」
「そりゃあね。子供の頃に住んでたんだもん、行ってみたら懐かしかった。おばさん達も喜んでくれたし」
あのままの暮らしが続いていたら、エイベル様や伯爵様、奥様とシンシアお嬢様もいて。
おばさん達に可愛がられて「お母さんは厳しすぎる」なんて慰めてもらって。
そうするとジェシカ母さんとお山では暮らさなくて、アンディに会わなくて、ウォードにも会わなくて。
フレイヤお姉さんやレイも、なんて言うんだっけ? そう「接点がない」から出会わず他人のままだ。
ぴぃちゃんとは、いつ仲良くなるんだろう。想像がつかない。
はうるちゃんが息を吐きながら笑う。
「クリスティナと付き合う男は大変だ」
「なんで?」
「『私はお城で暮らしていたのよ。私が好きなら命がけでお城を取り戻してちょうだい!私はあのお城を取り戻してくれた方のお嫁さんになります!』」
「ねえ。それ、誰の真似?」
はうるちゃんの高めの裏声が耳に不快。私、そんなこと言わないもん。
「誰って、そりゃ――」
「しっっ」
足音がする。静かにしないと見つかっちゃう。黙って、と伝えるクリスティナを狼が小バカにする。
「忘れたか、俺達の姿は見えないし声も聞こえねえぜ」
「……そうでした」
ぴぃちゃんが「仕方ないです。初めてですから」と以心伝心で慰めてくれるのが救い。
それでもつい息を殺して進むと、開いている扉を見つけた。なかでは女の人がお掃除
をしている。
「あれはどうだ。クリスティナママか」
「変な呼び方はやめて、はうるちゃん。別れた時が小さかったから、メイジーお母さんが分かるかどうか自信ない」
「匂いで分かるだろ」
「……余計わかんない」
お母さんよりお歳が多いような気がする。メイジー母さんとジェシカ母さんは歳が近いから。うん、この女の人は違う。
「他にも建物あるぜ。離れとか」
屋敷はウォードも間取りを知っているから別館を確かめておくべきだ、というリーダーはうるちゃんの意見に従い、下見隊は庭を横切って古びた別館へと侵入した。
考えてみれば、ご当主は城砦ご子息はルウェリン城にそれぞれ滞在中。使用人を数人は連れて出掛けているだろうから、ひと気が少なく感じられるのは当然だった。
別館で最初に出会ったのは、午後の日差しをあびながら縫い物をする窓辺の少女。左肩に流した金髪が目を引く。
「シンシアお嬢様」
「ほんとかよ」
瞳が緑だったらシンシアお嬢様だ。何年も会っていないのにこの確信はどこから。
ぴぃちゃんの感情かもしれないとクリスティナが考えた時、硬い床を踏む靴音が耳に飛び込んだ。
「メイジーお母さんが来る」




