白いカラスぴぃちゃんのこと
ぴぃちゃんは私だけに見えると教えてくれたのは、ジェシカ母さんだった。
クリスティナ五歳「初めまして」のご挨拶をした野外調理場。みんなの足元をぴぃちゃんが堂々と動き回るので、慌てて外へと誘導しようとした時のこと。
「お嬢ちゃん、腰が痛い?」
中腰で地面スレスレに手をおいてぴぃちゃんを追っていた姿が、腰の痛い人に見えたらしい。体格のいい、お姉さんかお母さんのジェシカさんが声をかけてくれた。
「ううん。鳥さんが踏まれそうだから」
人のいないところへ誘っていたのだと説明する。
聞いているジェシカさんはクリスティナの顔をじっと見るけれど、見るべきは地面を歩くぴぃちゃんだと思う。
「そこに、鳥がいるって?」
「ううん、今はあそこ」
ジェシカさんの口ぶりは、疑うもの。たくさんの人が忙しくしている調理場で、白い鳥は見つけにくいのかもしれない。
「大人の目には見えないのかもしれないね」
小さな呟きを拾う。
「ジェシカさんには、ぴぃちゃんが見えないの?」
あんなにかわいい白くて桃色の羽が見られないなんて。クリスティナが残念に思っていると。
「大人は醜いものをたくさん見てきて、目が曇ってるのさ。どんな鳥か私に教えておくれよ」
ジェシカさんの目は濁っているようには見えないけれど、聞かれれば教える。
「白くて羽の先が桃色なの」
「……珍しい鳥だね。大きさは、雀、鳩、カラス」
「小さくも大きくもなる」
「そりゃあ便利だ。見た目の特徴は? 全体に丸っこいとか、脚が長いとか、首が長いとか」
自分の話をされていると理解したぴぃちゃんが脚を見せつけるけれど、ごめん、長くない。
クリスティナは首を横に振った。
「脚は普通。くちばしの上が曲がってる。こう」
手で示す。
「カラスみたいに?」
「カラスみたいに」
ジェシカさんの瞳に影がさす。言ってはいけないことだったかとクリスティナは口をつぐんだ。
騒がしい調理場で、ここだけ違う空気が流れているようだ。
ジェシカさんが「おいで」とクリスティナに手招きする頃には、ぴぃちゃんはいなくなっていた。
「その鳥に名前は?」
「ぴぃちゃん」
「鳥は自分が『ぴぃちゃん』だって分かってるのかい。ああ、この言い方じゃ伝わらないか」
大丈夫、言っていることはわかります。
「ぴぃちゃんはぴぃちゃんだってわかってる。呼ぶと来てくれる。呼ばなくてもいる時ある」
ジェシカさんが肩に手を置いて、お顔とお顔を近づけた。
「よく聞いて、お嬢ちゃん。『ぴぃちゃん』は珍しい鳥だ。とてつもなく欲しがる奴がきっといる。そいつに『ぴぃちゃん』は見えないから、見えるお嬢ちゃんを欲しがる。だから、ぴぃちゃんの話はここだけ。私にしかしちゃいけない、分かった?」
思いがけないことを言われて、あんまり分からないなりに頷く。
「なにが分かったか、言ってみて」
お母さんみたいだ。
「ぴぃちゃんのお話しをお他所でしちゃいけません」
「よく分かったね。賢い賢い」
お母さんにもこれくらいで誉められたことはない。クリスティナはジェシカさんは「良い人」だと思った。