突撃ずるちゃんち・1
ちょっと簡単すぎない?
クリスティナが目に入る景色に慣れないうちに、そこはずるちゃんち。つまりアガラス屋敷だった。しかも室内。
「こんなに、どこでも行けちゃうの?」
クリスティナの目線はぴぃちゃんと一緒だから、はうるちゃんを見上げる形。なんだか悔しい。
ぴぃちゃんが「大きくなる?」と聞いてくれるのが伝わる。
それさ、ぴぃちゃん忘れてるかもしれないけど、ニワトリ大になるあれでしょ。美味しそうに見えて、はうるちゃんにぱくりとされるかもしれないから、やめよう。
クリスティナとぴぃちゃんの以心伝心を知ってか知らずか、先導したオヤジ狼が尻尾を揺らす。
「俺もぴぃも、ここにゃ来たことあるからな」
アガラス領は、ルウェリン領の隣。はうるちゃんの行動範囲に含まれる。
「先々代ん時か。もう覚えちゃいねえ」
ぴぃちゃんも同意している。さすが守護様、長生きでいらっしゃる。
そんな古い知識を頼りにして、大丈夫なの? クリスティナは不安を覚えた。
「疑うわけじゃないけど、ここ本当にずるちゃんち?」
「どう聞いても疑ってるだろ。まあ、歩いてりゃ、ずるが迎えに出るだろ」
普通はそうでしょうが、私達は勝手な訪問者。嫌われているかもしれないことを考慮しますと。
ずるちゃんは、隠れて出てこないんじゃないかと思う。
「ま、とりあえず屋敷んなかを把握しようぜ」
下見リーダーがそう言うなら。勝手にお宅訪問が始まった。
「クリスティナ、クリスティナ!!」
ウォードの顔が近い。黒革の眼帯がないので、両目が見える。
「しっかりしろ。持病か? 薬は持っているのか。先に聞いておくべきだった。俺が分かるか」
厳しい顔で問われる理由が分からないながらも、心配されていると理解したクリスティナは、少しの間をおいて返事をした。
「ウォードでしょ。わかるに決まってる。『じびょう』は知らないけど、薬は持ってない」
ぼんやりとしていた頭が冴えてきた。ウォードの両手がクリスティナの頬を挟んでいる。これは、大人同士だと愛の告白に繋がる流れじゃない?
クリスティナの笑い方がよほど不気味だったか、ウォードが詰めていた息を吐いた。
「いつから目を開けたまま寝るようになったんだ。何度呼んでも起きないから、発作でも起こしたかと」
嫌そうに言いながら、手を離す。せっかくお顔が温かかったのに残念だ。
「寝るなら椅子ではなく、寝台で寝ろ。できれば目も閉じてくれるとありがたい。驚かずに済む」
不満あふれる口調とは裏腹の丁寧な手つきで、クリスティナに飲み物の入ったカップを握らせてくれる。
「なんか、いい匂いする」
「オレンジの花を加えた飲み物らしい。買ってみた」
ウォードったら、お洒落。私のために見つけてくれたのかな。嬉しい。
クリスティナの様子を窺っていたウォードの眼差しから、厳しさが消えていく。
「気に入ったか」
「うん」
「ならば、うちの守護様のお好みにも合うかもしれないな」
どうしてここで、にゃーごちゃん?
「クリスティナがアガラスの守護様に差し上げる物を選んでいただろう。俺も先日初めてお目にかかった当家の守護様に奉納したくなった」
え、これ、私じゃなくて、にゃーごちゃんのため?
クリスティナが口の端を下げると、まだ帰らずに部屋にいたオヤジ狼が腹を抱えて笑うのが見えた。




