元聖王妃・2
嵐ですって? そんな大げさな。ジョナサンはいわゆるナイスミドルに差し掛かっているし、レイさんも血気盛んなお年頃は越えている。
なにより私フレイヤは、独身の若い娘時代ですら殿方に取り合われたことがないのに、未亡人の今になってそんなことがあるはずもない。
と、フレイヤが拘る部分は、騎士四家物語好きな女の子にとっては重要度が低い、というということも分かっている。
ああ、ジョナサンと打ち合わせがしたい。そしてどこまで明かすべきかを指示して欲しい。最適解を手っ取り早く知りたい……
「お姉さん?」
「はい、はい」
フレイヤの乱れる心を知らないクリスティナが、早く教えてくれと急かす。
「私も全く詳しくないのだけれど、聖王国は衰退して今は滅亡しているようなものでしょう」
狼の表情の変化は、フレイヤの発言を不適切だと感じたのか、はたまた「おいおい、そっから始めたら話し終わりが朝になる」と呆れたためか。
そう思うなら説明を代わっていただきたいものだ。
「滅亡? そうなの?」
抱きついたまま見上げてくるティナちゃんは、今夜も可愛い。
「そうなの。だから王様も自分が王だとは言って回っていないの」
本人が言っていたではないか。国を持たない王がどこにいる、と。
「実は、ティナちゃんは王にもう会っています」
「え、本当?」
「本当」
ここで引っ張るつもりはない。教えようとすると。
「待って、当てる。聖王様のお歳はいくつくらいですか」
長くなりそうな予感は、狼はうるちゃんも同じだったらしい。露骨にげんなりした、とフレイヤには分かっても、新しい遊びを始めたクリスティナには伝わらない。
「たぶんティナちゃんのお養父様と同じくらいのお歳ね」
「うーん、私が聖王様に会った時、お姉さんは私に紹介してくれましたか」
なかなかいいところを突いてくる。
「私はお出かけをしていて、ティナちゃんはひとりでお留守番をしていたから、紹介はできなかったわね。彼の見た目はレイさんより小柄で、話し方は優しいの。ティナちゃんは『感じの良い、特徴のない人』と思ったはず」
該当する人物を思いついたのだろう。クリスティナの瞳がきらりとして、すぐに鼻に皺を寄せる。
「フレイヤお姉さん、簡単にしすぎ。私もう分かっちゃったよ。お姉さんに会いに来て書くものがなかったから帰った人、でしょ」
「はい、大正解です」
「手掛かりは小出しにしてくれなきゃ」
真顔での苦情には、笑ってしまった。
「でも、お姉さん。二回ご主人を亡くしてるって言ってなかった? それで聖王様ってことは……離婚も一回?」
計三回。それはさすがに多すぎるんじゃないか、と気にしてくれたらしい。誰も聞いていない庭で声をひそめるところが可笑しい。
せっかくのティナちゃんの配慮を笑うなどと失礼なことはしないけれど、目の端に入る狼はうるちゃんが見るからに興味津々であることも笑いの種になる。
「実はね、事故で亡くなったと思っていた一度目の夫が生きていたの。彼が生きていると知ったのも、聖王家の血筋であると知ったのも最近のことよ」
「ええっ。お話みたい!」
目を丸くするクリスティナ。
「本当にね」
「でも、聖王様が生きててよかったね。会えてお話できて、よかったね」
クリスティナの表情は明るく、声には湿っぽさのかけらもないのに、なぜかフレイヤの胸に迫るものがあった。




