本番前夜・4
そんなことない。でも私とアンディで「怖いもの知らず」の考え方が違う可能性があるよね?
だとしたら否定するのもどうかと思う。
「まあまあそうかもね」
「『まあまあ』じゃなくて『とても』だと思うけど」
相手を尊重したクリスティナと違いアンディは言い切る。
「クリスは平気なんだね。僕は見るからに怖いんだけど、ハートリー様」
左目を指差しかけて、さすがに失礼だと思ったのか、鼻を掻く。アンディが言うのは、ウォードの目立つ黒革の眼帯のことだ。
「全然平気。カッコいいから舞台で真似したい気がする」
フレイヤお姉さんに相談したら、ここでは止めたほうがいいと助言された。
「ティナちゃんが心から憧れているのは分かるのよ。でも、どうかしら。他の方は深読みするかもしれないわね、ハートリー家を揶揄していると」
レイも反対した。
「両眼と片眼では感覚が変わってしまうから、よく慣れてからでないと宙返りはさせられない」
それでお揃いにするのは諦めたのだけど、王都に帰ったらたくさん練習していつかお揃いにするつもり。
「やっぱりクリスは怖いもの知らずだよ」
本気で感心してくれなくていいってば、アンディ。それより。
「お父さんとはうまくやれてるの?」
アンディのうっすらとした微笑は大人のようだ。
「お世話にならないと暮らせないって、知ってるからね。僕がうまくやらないと母が困ってしまうし」
ちらりと覗かせる複雑な感情は、隠そうと思えば隠し通せるものなのだろう。率直にだしてくれたことが、クリスティナには友達の証のように思えて嬉しい。
「いろいろ、あるよね。うん」
「ものすごく雑にまとめたね、クリス」
アンディの瞳に翳りがないことが、クリスティナをほっとさせる。
「シャーメインは一緒に来てないの?」
「まだ小さいから母とお留守番。クリスが劇に出るって言ったら来たがってごねるに決まっているから、みんなで内緒にした。シャーメインのクリス好きは熱烈だから」
本当にやめて。照れちゃうって。シャーメインいい子すぎる。
「今度サインしようか? カッコよく」
「いや、それはいいかな」
大人風の断り方をしたアンディに、クリスティナはふくれっ面を向けた。
明日の劇の見どころを説明して、また合う約束をする。
本館まで送ると言うクリスティナを「走るから大丈夫」と断ったアンディは、来た時と違うすっきりとした顔をして帰って行った。
走る背中は、山で一緒にいた時よりずっと大きくなった。街で行き合うだけでは、仲はあのままだったかもしれない。
うん、来て良かった。
クリスティナは拳を握り、ぶんぶんと振った。
明日はウォードとアンディに、いいところを見せよう。




