伯爵様は生きている?
物音がなにひとつしなくなってからウォードは動き出した。
暗い中なのでクリスティナにはどこに向かっているのかが分からなかったけれど、来た方へ戻っていたらしい。
無事に元の部屋へ着いた時には心から安心した。
行きたいと言い張ったくせに、と指摘されたら「その通りです」と言うしかない。
嫌な匂いのしない空間で深呼吸する。ウォードも静かに深く息を吐いていた。
「今の通路は盗み聞き用のもの?」
「そんなたいそうなものではなく使用人用の通路だろう。古い時代に使わなくなったか、明かりとりの窓が塞がれている。降ろすぞ」
「降りるのお外に出てからにする」
靴の裏が汚いからこのまま抱っこで外まで行くと主張したのに、強引に降ろされたのは寝台だった。
さっき「虫がいるかもしれないから寄るな」と言ったのに、もういいの? なんて屁理屈をこねるクリスティナではない。
虫どころかネズミもいそうな通路の探検をした後だ、寝台の虫なんか知れている。
ウォードが辺りを見回すので何をするかと思えば、ソファーの背に掛けてあった布を取り、眉間に皺を寄せて無言のままクリスティナの靴を拭いてくれる。
それには、さすがにクリスティナも驚いた。
「脱ぐ! 脱ぐよ、ウォード」
「――このままのほうが拭きやすい」
中身、つまり足が入っているほうが拭きやすいのは分かるけど。
「……恐縮です」
申し訳なさに見を縮めるクリスティナ。
「そこだけ遠慮されてもな」
ウォード怒ってる? 違う、ちょっとだけど笑ってる。安心したら、クリスティナの笑いはしまりのないものになってしまった。
ウォードは続けて自分の靴も拭き、汚れた布をソファーの下に押し込んだ。
子供に見せてはいけないことをしている。
「なんだったんだ、今のは」
盗み聞きしてしまった会話のこと。クリスティナに聞いても意味がないのは分かりきっているので、これはウォードの独り言だ。
でもクリスティナにも疑問はある。
「ウォード、本当のことを教えて。伯爵様は生きているの?」
口をつぐんだウォードに、クリスティナがしびれを切らす。待てない。
「秘密は守る、私誰にも話さない。信じられないなら、私の大事なものを預ける。約束を破ったらそれを捨てていい。ね?」
「その『伯爵様』がマクギリス伯のことなら」
前置きにクリスティナはごくりと唾を飲んだ。
「戦死は揺るぎない事実だ。我こそが倒したと言い張る者が何人もいたが、伯爵も子息も乱闘の最中に絶命した。致命傷が誰によるものかは特定されなかった。しかし、伯爵と面識のある俺の父やマクギリス側の将兵幾人もが父子の戦死を認めている。疑いの余地はない」
夕陽の差すなか、クリスティナは肩を落とし唇を噛み締めた。




