この日助けてくれる人は・1
こっちでいい? 振り返ると後ろから来るウォードが目線で進行方向を教えてくれる。
あれ、ここからでも行けそうなのに。不思議に思ううちに、人目につかないよう移動しているのだとクリスティナにも分かってきた。
ちびっこ海賊を連れているなんて他の人に見られたら、カッコ悪いもんね。
いつかフレイヤお姉さんみたいに綺麗になったら……とは違う美人さんにしかなれないとジェシカ母さんは言ったけど、ウォードもレイみたいに隣を歩きたがるかもしれない。その日が楽しみだ。
後ろ手でゆっくりと歩くウォードから、ここは安全だと伝わる。有事に備えて両手をすぐに使えるようにしておく必要がないのだ。
誰が治めるのがいいとか、奪い合いの歴史の是非は分からないけれど、城にはクリスティナが住んでいた頃と同じざわめきと落ち着きが同居している。
伯爵様の奥様がお供を連れて横切っても、驚かないかもしれない。庭でシンシアお嬢様が家庭教師といそうな気がする。
ウォードが足を止めた。どうかしたかと、クリスティナも立ち止まる。
「何かご用でも?」
「私?」
突然聞かれて、クリスティナが自分の鼻を指差すのに取り合わず、ウォードは片足を引き体半分振り返った。
「誰もいないみたい」
ウォードには何が見えているのだろう。にゃーごちゃん?
それならぴぃちゃんに背中に乗ってもらわないとクリスティナには見えない。ぴぃちゃん呼ぶ?
微かに靴音がした。
視線の先、廊下の曲がり角から姿を見せたのは男の子だった。どうやらついて来ていたらしい。
髪を整え上着を着た姿は良家のご子息っぽい。城砦公開にあわせて開かれる招待制の催しもあり、この地の有力者が招かれているのは、レイから聞いた。
ラング様も招かれたけれど、自領でも行事がありそちらを優先すると断ったそうだ。
レイは招待客に顔を合わせたくないと極力避けているので、クリスティナもどなたがお越しかは存じ上げない。
と、城砦にいるせいで、心の声の言葉遣いも普段よりきちんとなる。
ためらいがちに、一歩また一歩と近づく男の子にようやく窓から光が差す。
なんとアンディだった。
「誰だ」
「それ、私が言いたかった」
抑制の効いたウォードの「誰だ」に、思わず返したのは「次に会ったら『あなた誰?』と言ってやれ」とお姉さんに勧められていたから。
まさかセリフを盗られてしまうとは痛恨の極み。
「私が言おうと思ってたのに」
恨めしげなクリスティナの発言は捨て置かれた。
「アンドリュー・マクギリスです」
その名に覚えがあったらしいウォードが、アンディに正面から向き合った。
そのせいでアンディの姿はウォードの陰になり、クリスティナからは見えない。
「マクギリス様、客室はこの棟ではありません。どうぞお戻りください」
分かるよ、ウォード。お客様をお迎えするからといって、城砦を丸ごとお掃除してピカピカにするのは絶対的に不可能だもん。
お客様だってそこは心得て、許される範囲内で過ごすのがマナーよね。
アンディはそれが分からないほどお子ちゃまなんだろう。だから目こぼししてあげて。
今日覚えたから、これからはしないと思うの。
「女の子を人気ない場所に連れて行って、どうするおつもりですか」
アンディの震える声は、それでもしっかりと響いた。
――え?




