『ちょっとばかし面倒な男』
『あいつはちょっとばかし面倒な男だ』
前に、はうるちゃんが言ったのを今の今まで忘れていた。
レイがニ階まで来て、ウォードに挨拶する様子を眺めていたクリスティナは、ただ今固まっている。
「ご高名はかねがね。レイ・マードックです。ルウェリンの長男ですが、弟に後を押しつけて気ままに暮らす不肖の身でして。どうか『ルウェリン』はお忘れいただき、いち劇場関係者として扱ってください」
ふしょうの身、クリスティナには意味は分からないがそれはどうでもいい。レイは実家でも不審者扱いされたくらいだから。
問題はその後。
「ウォード・ハートリーです。催事にご参加くださったことに対し、この場に不在の父に代わりまして謝意を表します」
驚いたのは立派なご挨拶にではなく「ハートリー」と名乗ったこと。「ウォード・ハートリー」と。
そう言えば、クリス呼びがクリスティナに変わったなとは思っていた。
ウォードはお城に入る外部の人の名を全員分記憶していたに違いない。
「ねえ、ウォードはひょっとしたらハートリー家のご子息なの?」
思わず会話に割って入ったクリスティナに、ウォードは黙って頷いた。
「クリス」
レイの声には、大人の会話に口を挟んではいけないと咎める響きがある。
それどころじゃないんだってば。ものすごい勢いでこれまでのことを思い出すと、気がつかなかったのが不思議なくらいだ。
山狩りは人の往来を止めてするものだ。会った時がウォードひとりだったから、捕まえにきた側だと思わなかった。
はうるちゃんに頼まれての草取り中に現れたのだって、嬉しいだけでなにも不思議に感じなかった。
えええ、ええええ。
そりゃあ、はうるちゃんが止めとけと言うわけだ。立派なお家の息子さんだもん。
ってことは、にゃーごちゃんも来てる?
ぴぃちゃんとにゃーごちゃんが一緒にいるところを、絶対に見たい。ぐっと拳を握る。
クリスティナがひとり忙しくしている間に、大人のご挨拶は済んだらしい。
「人手が必要な時は、お声がけください。俺程度でよければ」
「その節には」
レイの愛想笑いではない笑みに対し、ウォードは表情を崩さない。
ではこれで。レイは出て行き、部屋はクリスティナとウォードのふたりになった。
沈黙のうちに互いの顔を見交わす。
「怖くなったか、俺が」
「怖い?」
どうして。
「クリスティナは知っているだろう、城砦を攻めた時指揮を取っていたのは俺の父だと。俺も同行していた」
「ウォードも!? その時私もここにいたの!」
「――知っている」
意気込むクリスティナに、ウォードは若干ひき気味だ。次に聞きたいのは。
「ねぇ、にゃーごちゃんは?」
「守護様はどこへでも現れたりはしない」
きっぱりと言い切られた。そんなことないよ、はうるちゃんは好きにうろついているし、ぴぃちゃんはどこにいても呼べばすぐに来てくれる。ずるちゃんだって、王城まで来ていた。
見せられないから言っても説得力がない。
「ルウェリン家の山荘に一緒にいた『お姉さん』が、スケリット嬢か」
「うん。山荘から王都へ行って、私お姉さんのお家でお世話になってるの。レイも一緒よ」
ウォードのここまでぎょっとした顔は、初めて見る。
未婚の男女が一緒に住むなんて、と真っ当な考えをしているのは素晴らしい。
なんて高い評価をつけるクリスティナはウォードより子供なのだけど。
ふふふ、石頭の地方と違って王都はいろいろ有りなんだよ。お姉さんぶるのは気持ちが良かった。




