ウォードがいた!
「誰と来た? どうしてここにいる」
「王都劇場のみんなと来たの。私、ここで上演する劇に出るのよ」
残念ながら女優じゃなくて子役だけど。しかも男の子の役だ。
ウォードは、クリスティナがひとりで馬車にいることを不思議に思っているようだ。
「一緒の馬車だった後発組の責任者のフレイヤお姉さんは、早く城門を通して欲しいと門番に言いに行ってるとこ」
ウォードが無言のままクリスティナを見つめる。もっと詳しい説明を望んでいるらしい。
「大道具さん達は何日か前に乗り込んでいるけど、小道具さんは私達と一緒だし、同じ劇をするのでも場所が違うと勝手が違うから稽古も予行演習も必要なの。だから少しでも早く入れて欲しくて、お姉さんが門番に抗議……じゃなかった直訴しに行ってるの」
イヴリンさん並みの熱量と長台詞になってしまった。
「よくしゃべる」
うん、自分でもそう思った。
扉に手を掛けたまま、ウォードが遠目に城門を見る。延々と馬車は続いているから、まだまだ待たされそうだ。
「御者と馬車を置いて、人が先に荷物を運びたいと言えば、すぐに許可が出るはずだ」
「そうなの?」
それは良いことを教えてもらった。ウォードすごい。クリスティナの瞳はきらきらしている。すぐにでもフレイヤお姉さんに教えてあげたい。
「あ」
しかし、クリスティナにはひとつ問題があった。
「今度はなんだ」
嫌そうに聞かないで、ウォード。
「お姉さんと『馬車を降りない、外から話しかけられてもお返事しない』ってお約束をしてるんだった。お約束を守りたいから、ウォード行ってきて」
胸の前で祈りの形に指を組んでお願いするクリスティナに、ウォードが向ける目はどことなく白けている。
クリスティナにはそんな目をされる理由が分からないので、にっと笑いを添えると、今度は口角が下がった。
「とっくに破っているだろう」
ウォードったら、なにを言うの。
「破ってない。ちゃんと守ってる」
「そうか。では俺とこうして話しているのは?」
「これは『話しかけられた』じゃなくて『私が呼んだ』だから」
全然違う。違いの分からないウォードに、クリスティナは真顔で説明してあげた。
なんとも形容しがたい表情のウォードから出たのは「そう来たか」だった。
「約束を守ることに忠実なクリスティナに敬意を表して、俺が行くとしよう。その責任者の名前と外見的特徴は?」
「お名前はフレイヤ・スケリット。王都っぽい美人さんなの」
ウォードの目がまた遠くなる。この城砦には王都っぽい美人さんは、お姉さんひとりに決まっているからこれで分かるはずなのに。
クリスティナはくるりと背中を向けた。
「見て。私のリボン、お姉さんとお揃いだから」
「分かった」
肩にウォードの手がかかり、簡単にクリスティナを前向きに戻す。
「城門へ行ってくる。クリスティナは約束を守れ。そして誰ひとり呼び止めるな、分かったか?」
約束が増えた。ウォードにお使いを頼むのだから、仕方ない。その代わりもうひとつお願いしたい。
「私が頼んだの、お姉さんには内緒にしてね」
理由を問うようにウォードの顎が上がる。
「だって、お話ししちゃいけないって言われてたから」
「…………」
馬車の扉が閉められた。トントンと音がする。
「ついでに内鍵」
掛けておけという指示に、いそいそと従う。これでクリスティナは、よりお利口さんにみえる――かもしれない。
「ウォード、またね!」
額を窓にくっつけて言うと、ウォードの頬が緩んだような気がする。ガラス越しに指先でクリスティナのおでこをつつくと、城門へと歩み去った。
後ろ姿もいい。レイよりは低いけれど、背も大きくなっている。私も頑張って伸びないと。
クリスティナはウォードの背中が見えなくなるまで見送った。




