ウォードがいる!
フレイヤの姿は馬車列の向こうに消えた。武装した衛兵が闊歩しているわけではないけれど、心配は心配だ。ほら、フレイヤお姉さんは美人だから。
良からぬ輩に絡まれでもしたら大変。やっぱり私も行ったほうがいいんじゃないかな。それとも別の馬車にいる俳優に……と思ったところで考えを打ち消した。彼らでは役に立ちそうにない。
線が細く、お肌はつるっとして眼差しは涼やか。つまり見た目からして弱っちい。
レイが「もっと体を作れ。棒の一本でも振れるようになれ」と、言うくらいだ。
そこに期待するより、タイミングよくレイが戻ってくることがあるかもしれない。
降りない約束をしたので、クリスティナは馬車の扉を頭の分だけ開けて、後ろから徒歩で来る人々に目を凝らした。
荷物が少ない人は城門を通るのが早い。止められているのは馬車だ。
「!!」
上体を真っ直ぐにしてよそ見をせずに城門へと向かう人に、クリスティナは注目した。引き締まった顔には左目を覆う黒い眼帯。海賊の船長みたい。
客演さんがいたのだったかと考えているうちに、顔の判別がつくほど近づいた。
――かっこいい。じゃなくて、ウォード!!
城砦はウィストン伯が治めている。ハートリーはウィストン伯派、仕えているらしいウォードも城砦にいるかもしれない。
などと一瞬頭をよぎったことは、劇の稽古に熱中するうちにすっかり忘れていた。
会えて嬉しい。とても嬉しい。
「ウォード!」
呼べば、聞こえたようでウォードが辺りに目を配った。
そっちじゃなくて、私はここ。クリスティナは扉から出せるだけ頭を出して再び呼んだ。
「ウォード!!」
ウォードの視線がクリスティナに定まった。見極めるかのように眉間に皺が寄り、すぐに驚きの表情に変わる。
そんなにびっくりしてくれたら嬉しくなっちゃう。手を振ろうとした時に、体がバランスを崩した。体重が扉にかかって大きく開いてしまう。
あ、落ちる! 焦ったクリスティナが馬車から転げ落ちるより、ウォードが駆け寄る方が早かった。
クリスティナを馬車に押し込め扉を外から閉める。
反動で馬車の床にお尻をついて閉まった扉を呆然と眺めるクリスティナ。せっかく会えたのに、感動の再会とはほど遠い。
そろり、と扉が開いた。
「どこもぶつけていないか? なにをしてるんだ」
通り過ぎたと思ったウォードが、そこにいた。
なにしてるって。
「女優さん」
ここに来たのは女優のお仕事です。美人のお姉さんの真似をして、うふっと流し目をする。
クリスティナの予想に反して、ウォードは喜ばず僅かに不機嫌そうになった。
「そうじゃない。床に座った理由を聞いてるんだ。扉に足を挟んだのか?」
あ、そっち。勘違いが恥ずかしい。
「大丈夫。どこもぶってない。落ちなくてよかった、ありがとう。ウォード」
「礼を言われるより、謝られたいくらいだ。脅かすな」
え。「ごめんなさい」って言うと「『ごめんなさい』じゃない。そこは『ありがとう』だよ」という脚本を読んでお洒落だと思ったから、してみたのに。
現実は違うらしい。瞬きを繰り返すクリスティナに、盛大なため息が落とされた。




