クリスティナの巡業旅始まります・2
アガラス領の秋祭りは、大人ばかりの編成でいくと聞いている。今のところクリスティナの出演予定はない。
「ずるちゃんとこは、たぶん行かない。私は城砦から直接ルウェリン城下町に行くと思う」
「ふうん」
クリスティナの説明に、はうるちゃんはとらえどころのない返事をする。
何か言いたいなら言えばいいのに。
視線がダー君に向くので、クリスティナも一緒になってダー君を眺める。旅の疲れがたまっているのか、フレイヤは目を覚まさない。
「レディの寝姿を見るのは、よくないのよ」
「俺が見てんのはダーだから、いいんだよ」
ええ? そんなこと言ったって、ダー君を見たら必然的にフレイヤお姉さんも目に入るじゃない。
だってはうるちゃん、舌がでろんと出て金眼が妙な輝きをしている。騙されませんよ。
クリスティナが非難がましい目つきで見れば、崩れきった表情を元に戻し取り繕う。
「ダー君と仲良しになって一緒に来たの?」
「そんなことあるわけねえだろ」
即座に否定された。
「クリスティナが、ずるんとこ行くっつうなら、耳に入れとこうかと思っただけだ。行かねえなら余計なお世話になってもアレだ、俺から教えるのは止めとくぜ」
ダー君がお姉さんにお手紙を持ってきて、その内容をはうるちゃんが知っている。
アガラス家に関係することで、お姉さんが私に話さないかもしれないと思って、来てくれたと。
クリスティナの思考を読んだかのように、狼が尻尾を振って小さな音を立てた。
「王は俺が見聞きしてるのを知ってて、隠さなかった。クリスティナに伝えるかどうかは俺の判断に任せる、そういうこった。でもまだ真偽不明の話だからな、確定したら教えてやる」
「それ、いつ?」
「俺が知るか、んなこと。そもそもこんな密偵みたいな振る舞いは、俺の柄じゃねえんだよ」
「じゃ、こそこそしなきゃいいじゃない」
「ダーがいるだろがっ」
結局そこなのね。最後の勢いあるひと言も、極小の声だ。
クリスティナの目の端で、掛布が動いた。そろそろフレイヤお姉さんが起きそう。
「クリスティナ、なんかあったら呼べよ。ぴぃじゃ威しにもなんねえからな」
ぴぃちゃんを貶めることを忘れないのが、はうるちゃん。自分はダー君に弱いくせにそこは見ないふりらしい。
「ありがとう。またね」
「おう」
はうるちゃんに手を振り、帰ったのを見届けてから寝台に目を向けると、ダー君がぱちりと目を開けた。あまりにタイミングがいい。
これは少し前から起きていて、私とはうるちゃんのおしゃべりを聞いていたんじゃないかと思う。
天使の笑みを浮かべたダー君がぷくぷくの手を伸ばして、フレイヤお姉さんの髪を指先に巻きつけて遊び始める。
フレイヤお姉さんが気がついて起きるまで、あともう少し。




