溢れる気持ち・1
ひとりでも寝られるクリスティナが、眠りに落ちる時にはできれば誰かにいて欲しいと思っていることを知っているので、フレイヤは早めの時間に一緒に寝台に横になる。
そこで、うつらうつらしてから夜更けにひとり起き出し、今夜のように居間でのんびりすることも多い。
以前は夜会やディナーに出掛けていたけれど、クリスティナと暮らすようになってからは、止めてしまった。
男爵位を賜ったルウェリン家の子息であるレイは、王都社交会に現れた大型新人。
ここのところ、フレイヤより彼あての招待状が多い。
家の益に繋がりそうな誘いは受けるべきだろうと、選んで勧めると「では、フレイヤさんも同行してください」と言われる。
それは良いばかりとは思えない。若くして二度も夫を亡くしている婦人は、王都といえどもそうはいない。フレイヤに対して悪印象を持っている貴婦人がいるのは事実だ。
まあ、話題のレイ・ラング・ルウェリンを自宅へ連れ込んでいると噂になっているだろうから、取り繕っても無意味とも言える。
当初は別に部屋を探す予定だったレイに「このままうちにいては、いかがですか」と提案したのはフレイヤだ。
王都での生活は何かと出費が重なる。クリスティナが「野菜って買うの? 生えてるとこないの? ないなら畑しないと。私が二十日大根作ろうか?」と、真顔で言った時には笑ってしまった。
山ではそのへんに自生しているし、ルウェリン家のお城には広い畑があった。都以外ではそれが普通なのだろう。
それは、いいとして。
選択を間違えただろうか。近頃フレイヤの頭から離れない疑問だ。
夜会には、結婚相手を見つけようと一生懸命なご令嬢がたくさんいる。
私と参加していては、彼の花嫁探しの妨げになる。もう既になっていることを考えると「うちに住んだら」と軽々しく発言したことを悔いる。
だからと言って今になって「出ていけ」とも言いづらい。寝台まで入れたのに。
良かれと思って勧めた同居だったけれど、足を引っ張ることになっているような。
フレイヤがため息をついた時、階下で鍵を開ける音がした。飲みに出掛けていたレイだ。
居間の扉は開け放っている。覗いてから自室へ行くだろうと思うのに、一向に階段を上がってくる気配がない。
飲み過ぎて気分が悪いとか? お水はいるかしら。
フレイヤが様子を見に行くと、ホールに置いた木製ベンチに体を投げ出すようにして座るレイの姿があった。
「お帰りなさい、レイさん」
明かりとりの小窓から差し込む月明かりでは、表情までははっきりしない。
「おやすみなの? この椅子は硬いわ。寝るなら寝台のほうが」
こちらを眺めているような気はするものの、定かではない。
「起きていらっしゃる? お水いりますか」
角度を変えれば見えそうだ。近づき顔を寄せると、レイと視線がぶつかった。
しんと静まった深みのある眼差しに酔いは感じない。
「大丈夫そうね」
「それはどうかな、ほら、捕まえた」




