だとしたら?・2
はうるちゃんには悩みがあるらしい。呼んでいないのに来て、クリスティナの前でわざとらしくため息をついている。
そんなことをされたら「何かあったの?」と聞かなくちゃいけなくなる。
ひとりではうるちゃんのお相手を務めるのが嫌なクリスティナは、迷うことなくぴぃちゃんを呼び出した。
呼んだら必ず来てくれるぴぃちゃんだけど、今日は微妙に遅かったような気がする。そして「ぴぃはご用ないです」というお顔に見える。
「はうるちゃん、ようこそ。どうかした?」
「はああああ」
お返事は特大のため息だった。うわあ、面倒。
「私じゃお役に立てなさそうだから、フレイヤお姉さん呼んでくるね。はうるちゃんはお姉さんを見れば元気になるんでしょ」
「いや、いい。やめてくれ」
即答。既に顔を扉へと向けていたクリスティナは、聞き違えたかと振り返った。
狼からうんざり感が漂う。
「ダーが来てんだよ。べっぴんさんとこに」
「そうなの?」
「おう。ダー来てんの知らなくて来ちまった。別の日にすりゃよかった」
ダー君が来ているなら、ちょっと抱っこしたい。うずっとするけれど、付き合いの長いぴぃちゃんとはうるちゃんの手前、できないのがとても残念だ。
「それで、はうるちゃんはため息をついてるの?」
いや、と狼はぐてりとした。心なしか毛艶も悪く疲労が見える。
「俺、今、ダーと同居中」
驚いたのはクリスティナひとりではない。ぴぃちゃんも「なんですと!?」と目をまん丸にしている。
「あいつの主、俺んとこで働いてんの。何考えてんだか知らねえが。で、ダーもいんだよ、俺の城に」
「うわあ」
「だろ。気が抜けねえ」
クリスティナの限りなく失礼な反応に満足したらしく、はうるちゃんは今日初めて皺を寄せて笑った。
ダー君は本当に可愛いけれど、イタズラぶりがすごい。ぴぃちゃんが嫌がるくらいだもの。
一緒に暮らすよりたまに会うくらいがいいような気がする。
「ダー君の主も騎士家の人なの?」
有名なのは騎士四家。でも名を知られていない騎士家もあるだろうと思い、クリスティナは何気なく聞いた。
だってダー君弱そうだし。
「いや、王家」
「おうけ」
「国を捨てても王家は王家。ダーの主は聖王家」
「おうけはおうけ、せいおうけ」
今まで聞いたなかで、一番分からない。追求しても、はうるちゃんの説明で分かる気がしない。
「はうるちゃんも大変だね」
よし、共感を示して話を終わりにしよう。
「わかってくれるか、クリスティナ」
クリスティナ本当は分かっていないです、とは言わずに深く頷く。演技指導のおかげで上手にできるようになりました。
「そういや、クリスティナの部屋が空いてただろ、別の女の子来たぜ」
思いがけない話に変わった。
「え、どんな子?」
「レイが勧めたらしい。アン・アルバっつう覇気のない娘」
「アン!?」
「なんだ、知り合いか?」
アルバ家で一緒だったアンのことは、レイに話した。
きっと気にして引き取ってくれたのだろう。
「わあ、会いたい」
狼が目に不満を宿らせる。
「俺にもそれ言え。『会いたい』って」
「だって、はうるちゃんはよく会う」
そっか、アンが。アルバさんが不自由のない生活を送らせてくれていても、レイのところならより安心だ。
「はうるちゃん、ありがとう」
「俺は、なんもしてねえぞ」
クリスティナには何となく分かる。「そうした方が家のためになる」とラング様の背中を押すのは、はうるちゃんの能力だ。
「クリスティナも遊びに来いよ。アンいるぜ」
行きたい。でも理由がない。頭をひねって、ひらめいた。
「はうるちゃん! 私、劇の巡業でそっち行くかもしれないの。はうるちゃんの所でも上演するなら、行ける」
「なんだと? いつの間にそんな話になってんだ。クリスティナ、女優になるのか!」
「私、将来は美人女優になるかも。うふん」
女優に美人をつけたら、はうるちゃんの好物っぽい。ラング様にぜひお勧めしてもらいたい。
「他にも女優来るよな。美女がうち来るって、いいなそれ。ちょっとぐらい脱ぐか?」
にまにまするオヤジ狼。あれ、私の話じゃなくてお姉さん方のこと? おかしなことを言ってますね、脱ぎませんけど?
まあいい。はうるちゃんが元気になったなら。
「ケダモノ、ここにケダモノがいます」と嫌がるぴぃちゃんは、いつもと同じ。
ダー君は、お姉さんのところで何をしているんだろう。




