瞳の朱色・4
なんだか気抜けした。フレイヤは心を落ち着けるために、紅茶をひとくち口に含んだ。
シャーメインの母ミアも、ようやくカップに口をつけた。
シャーメインはクリスティナに握手をねだり、そのまま握りっぱなしにしておしゃべりを始めた。
女優さんと握手をしたら繋ぎっぱなしではないと知らないのか。握手ではなく「手を繋ごう」だとしたらテーブルのマナーとしてはなっていないのだけれど、母のミアが見逃すのならこちらが指摘することでもない。
ティナちゃんも嫌がってはいないようだし。ここは放置だと、フレイヤはミアに意識を向けた。
「マクギリス様は園遊会の子供劇をご覧になられましたの?」
「はい。夫の知人が入城できるように計らってくれました。クリスティナさんが劇に出ていると気がついて娘はもう大興奮で、あの日以来話題はずっとクリスティナさんのことばかりで」
なるほど、それなら両手で握りしめているのも頷ける。
マイルス・マクギリスの奥様が「質問がある」などとおっしゃるから身構えたが、いらぬ心配だったようだ、とフレイヤは内心ひと息ついた。
「子供劇に出られるのは十歳から。貴族の子なら望めばどなたも参加できます。一般の子は劇場関係者から誘われての参加がほとんどです」
フレイヤの説明にミアは顔を曇らせた。
「それでは、娘が参加するのは難しいですわね。夫は貴族ではないので……」
さようですか、と相槌をうちながら、マイルス・マクギリスの身辺について少しでも知りたいと、頭を使う。
「伯爵家に同じお名前があったように記憶しておりますが、ご縁戚でいらっしゃいますか?」
ミアが控えめに頷いた。
「他界しましたマクギリス伯は、夫の兄でした」
「お兄様ならまだお若いでしょうに、お気の毒なことでしたわね」
クリスティナやレイと親しむ今、フレイヤにとっても心の痛む話だ。ミアが目を伏せる。
「ありがとうございます」
「今、伯爵位はどなたが?」
不躾な質問をずけずけと。
「夫が継ぐつもりでおりますが『心の整理がつくまでは』と留保しております」
「シャーメインさんが劇に出る十歳になる前に継ぐことはないわけですか」
「おそらくは」
マイルスは奥様を相談相手にしないようだ。
「優しい方ですか」
フレイヤの質問の方向が変わりすぎたためか、ミアが小首を傾げた。
「シャーメインさんをお兄様が迎えに来るとクリスティナに聞いたので。お父様もお優しいのだろうと」
勝手な想像です、と笑みを添える。ミアは今日一番柔らかな表情を浮かべた。
「はい、とても。実は私達は身分違いで、結婚はできないと覚悟しておりました。『大丈夫、私を信じて』と繰り返し言ってくれた彼を信じてよかったです」
幸せな妻とはこのような方だ、とフレイヤはどこかしみじみとした気持ちに浸る。
「瞳の綺麗な人は信頼できる、と言いますでしょう。夫の瞳はとても綺麗なんです。よく見ると榛色に少しだけ朱色を散りばめた瞳で。お付き合いするようになって気がついて、その時に『この人について行こう』と思いました」
榛色、それはクリスティナの瞳も同じ。朱色が差しているかどうかを、フレイヤは知らない。
今すぐ日の当たる場所へ連れ出して確かめたい衝動にかられつつ「素敵なお話ですわ」と無難に受ける。
マイルスと同じ瞳だとしたら、どういうこと?
マイルスの瞳の特徴がマクギリス家の特徴だとしたら、どういうこと?
クリスティナがシンシア・マクギリスでないことは、はっきりしているのに。
そろそろこの疑問を解き明かしたい。




