初夏のあれこれ
ルウェリン家に男爵位が授けられると決定した。正式な通知は当主のところへ届くが、スケリット邸レイ・マードック・ルウェリン宛に、フレイヤの叔父から手紙で知らせがきた。
ルウェリン家からの手紙も、街で買ったもののお届けも迷うことなくスケリット邸へ着く。
もはやレイ・マードックが同居しているのは公然のこととなっている。
ルウェリン家は今後、王都にて開く叙爵祝賀会や本邸での宴など、招待客の選定から始まる慣れない仕事が増える。
そのためにフェリーの補佐をする者を採用した。社交関連については補佐から手紙が来るようになった。
手紙を読むレイの後ろを通りながら盗み見……ではなく、偶然フレイヤの目に入った手紙の文字はその新人のもの。思わず二度見したので、間違いはない。見覚えのある癖のないジョナサンの文字だった。
旧聖王国の近況を知るため現地に行くと聞いていたけれど、まさかルウェリン家で仕事を得たとは。もう入り込んでいる手腕は見事の一言だ。
ダー君は未だに一度も手紙を運んで来ないけれど、そのうち持ってくるかもしれない。
クリスティナは舞台装置の船の手直しが終わるまでは、お稽古だ。
依頼主の予算に合わせて、幾種類かの演目を用意することになった。
ひとつは、クリスティナが勇ましいお姫様で海賊船に乗り込んで制圧するもの
ふたつめは、戦うお姫様が助けた王子様と共に無双するもの。
みっつめは、女海賊が敵対する海賊と船の上で乱闘して勝利するお話だ。
見せ場はそれぞれにあり、勇ましいお姫様には綱渡りが組み込まれた。今クリスティナは重点的に練習している。
ふたつめでは、王子様と息のあった剣技を披露する。背中合わせでの同調性が鍵だ。
みっつめは、宙返りと側宙を会得しないといけない。話に筋らしい筋はない。ダンサーが主の舞台だ。クリスティナは軽業担当。
どれも人前でも失敗しないくらい自信を持ってできるようになりたい。
クリスティナの芸名はティナ・クリス、ティナとクリスどちらで呼ばれてもいける。
既にガーデンパーティーでの上演がいくつか決定している。
「評判が評判を呼べば、いそがしくなるわよ」と、イヴリンは欲深い笑みを浮かべていた。
そして。
旧マクギリスの城砦での上演依頼が舞い込みそうらしい。
同じ地方で上演が他にも決まれば地方巡業だと伝えられた。
山賊の娘として暮らしていた山からは城砦が見えた。
夕陽に照らされる城砦は荘厳でどれだけ眺めてもクリスティナが飽きることはなかった。
日が落ちる直前の城砦がひとつの大きな墓標のように見えると思っても口にしたことはない。
巡業が実現したとして、自分が連れて行ってもらえるかどうかは分からない。
でも機会があれば、城砦のなかに入りたいとずっと思っていた。
王都にいたらウォードにも会えない。山猫にゃーごちゃんが近くにいたから、ウォードはたぶんハートリー家で働いているのだろう。
でんぐり返しは見たくなさそうだったけれど、宙返りならきっと見たがる。
その時にむけてもっと練習しよう、とクリスティナは決意したのだった。




