飛び入りイヴリン・2
「それで演出家とも話したんだけど、あの劇はクリスティナちゃんがいないと魅力が半減するのよ。ね、春夏期だけでいいから舞台に立たない? ちゃんと出演料も払うし、秋から学校に通うならそれまででいいから、どう?」
「出演料? 私に」
「もちろん。お仕事ですもの、基準に則した額をお支払いする。それとは別に『クリスティナちゃんに』ってお小遣いをいただいたら、報告だけしてくれれば全部クリスティナちゃんのものよ」
なにか言いかけたフレイヤは口を閉じ、聞くことに徹している。
クリスティナはむむっと考えた。これはよいお話では?
ジェシカ母さんが宿を始めるとなると、いくらレイがお金を工面すると言っても、大金が必要に決まっている。
学費は心配しなくていいとジェシカ母さんは言う。生活費は、ひとりもふたりも大差ないからいらないとフレイヤお姉さんは言うけれど、クリスティナにお金があれば少しくらいお買い物の手助けができる。
「クリスティナちゃんの見せ場はそのままで、セリフが欲しかったら加えましょう。そうね、お声が通って可愛らしいからあった方がいいわね。いっそ攫われたお姫様が海賊と戦う筋にしてもいいかも。そうしたらクリスティナちゃんがお姫様役よ。まあ素敵! 主役だわ」
「ドレスで剣を振り回していいの?」
ぜひ、してみたい。身を乗り出すクリスティナにフレイヤが冷静に指摘する。
「 主役は『救い出すお姫様』だったのに『攫われて戦うお姫様』になったら、それはもう別の劇だと思うわ。それにお姫様が剣豪なら、おとなしく船までついてこないで、攫われる前に実力を発揮すべきじゃない?」
フレイヤが長々と意見を述べる。言われてみればそう、目が覚めた思いのクリスティナと違いイヴリンは「それのどこに問題が?」という顔をする。
「『攫われる前に戦え』? つまらないひとね、フレイヤ。そんなこと言っていたらほとんどの歌劇も劇も成立しないわよ」
「うぐっ」
お姉さんが言葉に詰まり妙な音を立てる。どうやらレイよりお姉さんが強くて、お姉さんよりイヴリンさんが強いみたい。クリスティナは手に汗を握った。
「王都で人気が出れば地方上演の依頼もかかるわ。地方はお金になるのよ、王都からくるってことで箔がついてこっちの言い値だから。いくつかの上演を組み合わせて巡業もいいわね」
「イヴリン、支配人の奥様というより商売人の顔になってる」
フレイヤの言葉に「あらやだ、私ったら」なんて額と頬に手を添えるのはイヴリンの演技。
「フレイヤお姉さん、私やってみたい。だめ?」
お金をもらえるのは嬉しい。でも、それよりあの楽しさをもう一度の気持ちが大きい。いいよって言って欲しいとクリスティナは期待を込めて、フレイヤを見つめる。
「ティナちゃんに、そんな可愛く聞かれてはダメとは言えないわ。興味のあることは今のうちにどんどん挑戦すべきだもの」
「ありがとう、フレイヤ。嬉しい」
クリスティナより先にイヴリンが返したことに対して、フレイヤが嫌そうな顔をする。
「イヴリンが言っても少しも可愛くない」
「いやん、フレイヤ。心にもないことを」
「ありありです、ありあり」
眼の前でふざけるお姉さん達が本当に楽しい。こんな大人になりたいと言ったら、きっとフレイヤお姉さんは否定するだろうけど。
クリスティナは人生のお手本を「うふうふ」しながら眺めた。




