ぴぃちゃんと幼児・1
春の園遊会での子供劇。参加希望をしないうちに、クリスティナの参加が決まっていた。
イヴリン直々に届けてくれた台本を初回読み合わせまでに覚えなければならない。
『お姫様役の希望が多いから、囚われの王子様を三人のお姫様と三人の有能侍女が助けに行くお話にしたのよ』
てっきり動物役だと思っていたクリスティナに、イヴリンはにこりとした。
『ティナちゃんは有能侍女のひとりね。フレイヤから体を動かすのが得意で刃物も使い慣れていると聞いてピンときたの。ティナちゃんが活躍できる脚本になっているから、期待していいわよ』
「目立たなくていいです、むしろ観客にまわりたい」なんて、言わせてもらえる感じがしない。
『ありがとうございます。頑張ります』
お返事は正解だったようだ。イヴリンは笑顔で帰っていった。
それから十日。
台本に目を通すクリスティナと同じ部屋でフレイヤは考えごとをしていた。
最近、フレイヤお姉さんは物思いに耽っていることが多い。
愁い顔と言うのだと、帰る前にジェシカ母さんが教えてくれた。なにかあったかと心配するクリスティナに『若いうちは色々あるもんよ。でもベンジーにはごちそうだね』と目だけで笑う。
『ごちそう?』
『気が付かれないのをいいことに、穴が開くほど熱心に見つめてるだろ。愁い顔が似合うのは美人の証拠』
『大きくなったら私も似合うようになる?』
期待して聞くと、ジェシカ母さんは目をぱちくりとした。
『クリスはそういう美人にはならなそうだねえ。屈託のない性格そのまんまの雰囲気だから』
なんだ、ちょっとがっかり。でも「そういう美人」にならないだけで、違う美人にはなれそうだから、まあいいかと思う。
「ジェシカ母さんの宿」の立ち上げはレイを主として進めることとなり、一年後の再会を約束した。
レイは、宿の話を詰めがてらジェシカ母さんを送り、その後ラング様に近況報告をするために帰郷する。
というわけで、しばらくはクリスティナとフレイヤのふたり暮らしだ。
「……?!」
なにやら気配が騒がしい。と思ったら、いきなりぴぃちゃんが居間に姿を現した。
クリスティナは呼んでいない。何ごとかと思えば、必死に「ぴぃぴぃ」訴えている。
「ぴぃちゃん? ぴぃちゃん!!」
ジタバタとしているぴぃちゃんが前に進めないのはなぜか。それは尾羽を両手で引っ張られているから。
幼児がお尻を床について、ぷくぷくの手でむんずと掴んでいた。
誰、だれなのこの子。
「待って、待ってったら。ずっと黒かったよね、どうして白いの? ダーはお腹まで全部白いかどうか見たいだけだよ」
この子はどうやら、嫌がるぴぃちゃんをひっくり返そうとしているらしい。
「やめ――」
「だめよ、ダー君! 鳥さんにひどいことをしては、いけません」
クリスティナより先にフレイヤの声が響いた。椅子から立ち上がり、眼尻を吊り上げている。
「元妃! こんにちは、ダーだよ」
幼児はぱっと手を離し、輝くような笑顔をフレイヤに向けた。
その隙に逃げ出したぴぃちゃんがクリスティナの肩に飛び乗る。頭を頬に擦りつけるのは「怖かった、本当に怖かったです」と訴えているかのよう。
「元妃、ダーくんもして欲しいよ」
愛らしく両手を伸ばしてねだるのは抱っこ。
「イタズラをする悪い子は抱っこしません」
フレイヤがツンとすると、ダーと名乗った幼児は頭が膝につきそうなほどうなだれる。
「もうしない。もうしないから、ダーも抱っこされたいよ」
横目に見たぴぃちゃんは冷めた目をして眺めているけれど、この子すっごく可愛い。
ぴぃちゃんがいなければ、クリスティナが抱っこしたいくらいだ。
ふぇっと泣きそうになったので、フレイヤが急いで抱き上げた。
「泣かないで。わかればいいのよ。もう叱ってないわ」
「ダーのこと、嫌いになった?」
「いいえ」
幼児は嬉しそうにフレイヤの胸に顔をうずめた。




