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お宿二十日大根

 レイが王都で職探しをしていると知って、ジェシカも「私もこっちへ越そうかね」と言い出した。


 夫との接近は禁止されているが居住地の縛りはない。

「息子」は神学校に入っているので「元男爵夫人のもとにいるクリス」との接触は、王都に来て見張りもかわれば、気付かれることもないだろうという話になった。



 さて、職となると。住み込みの家政婦は拘束時間が長い。通いの家政婦は何件も掛け持ちするが普通で収入が不安定。

 食堂に勤めるとこれまた休みがない。料理は好きでも一日中そればかりしたいわけでは。



 フレイヤを含めて大人三人と子供ひとりが頭をひねる。


「人に使われるのは、ご免だね」

ジェシカが言い出した。

「宿屋はどうだろ、宿屋なら私も住めるし。活気のある下町で宿屋をするのは」


レイが顎に手を当てた。


「ジェシカさんが宿屋を始めたとなれば、こっちに来た時は知り合いの所へ転がり込んでいた奴らも、喜んで泊まりに来るでしょうね」

「それは結構な人数になりますの?」

「ジェシカさんは名が通っているので、すぐに口づてに広がって客足は順調に伸びると思います」



 大人三人が楽しそうにしているのを見て、クリスティナもわくわくしてきた。


「はいっ!私もお手伝いする。シーツかえたり薪を割ったりする」


右手を高く上げて宣言する。



「そりゃあいい。看板娘のいる店は流行るから、これで繁盛は約束されたようなもんだ」


 看板娘? 看板の熊の絵のかわりに私を描くってこと?

それはよして熊のほうが人が集まると思うクリスティナをよそに、大人の会話は続いていく。



「あとは開業資金か。よし、ベンジー出資しな。所有者はベンジーにして、私に経営を委託する形でどう?」

「『どう』って。おっかさんに言われては断れませんが、どれくらい入り用ですか」


レイが苦笑しながら応じる。


「さあ。その算段はオーナーの仕事だろ。任せた、ベンジー」



 なんと、ジェシカ母さんが「丸投げ」という技を使った。オヤジとはうるちゃんだけでなく、他にも「丸投げ」の使い手がいました。クリスティナはぴぃちゃんにこっそり報告する。



「ジェシカさんレイさん、僭越ながら申し上げますと。王都では建物を買うにしても借りるにしても、立地によって条件がまちまちですの。多くの物件で大家さんの意向が強く、仲介を頼まないと話が進みません」

 

 私もここを買う時に初めて知った、と王都の不動産事情をフレイヤが説明する。


「立ち上げまで最短でも一年はかかるとみたほうがいいと思いますわ。より良い場所や条件を求め腰を据えて探すなら二年かも」



「山なら好きに住めるのに。街は窮屈だねえ」

「山より大きなお金が動くということでしょうか。でもジェシカさんのお料理が食べられるとなれば、評判を呼んで繁盛すること間違いなしですわ」


 ジェシカが嘆息するのを、慰めるようにフレイヤが言葉を重ねる。ジェシカが口を開けて笑う。



「繁盛ね、山賊宿が」

「俺がオーナーですから、せめて野郎宿と呼んでください」

「さすがに『野郎宿』は仮称でも口にしにくいわ」



 フレイヤの言うのはもっともだ。クリスティナに皆の視線が集まる。


「なに?」

「お宿の名に、ティナちゃんのおすすめはあるかしらと思って」


 私にも聞いてくれるの、とクリスティナは嬉しくなった。



「お宿二十日大根」

「クリスが二十日大根を好きなことは知っている」

レイ。


「ぴぃちゃんの宿」

「……クリスは鳥好きだからね」

ジェシカ。


 どれも困った顔をされては、クリスティナだって困る。そのままでつまらないと思うけれど。


「ジェシカ母さんの宿」

 


「分かりやすくていいわ」

フレイヤが頷く。

「そのままの方が噂にものぼりやすいかもしれない」

レイが同意する。

「自分の名のついた宿なんて、小っ恥ずかしいね」

ジェシカがまんざらでもなさそうにする。



 あれれ、これがいいなんて。大人のセンスってよく分からないと思うクリスティナをよそに「ジェシカ母さんの宿」計画は進んでいった。



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