聖王国と騎士四家・3
ラング様はティナちゃんをシンシア嬢だと思った。マイルス・マクギリス氏が同じ考えに至っても不思議はない。が、マイルス氏とティナちゃんには接点がない。
それに「別人です」と言えばいいだけの話では。
「ジョナサン、可能性があるとは私にはとても思えないけれど、マイルスさんがティナちゃんをシンシア嬢と間違えることがあったとしても、説明すればすぐ分かる話じゃない?」
「説明する機会がもてればね。物事が悪い方向に転がる時は、聞く耳など持ってもらえないものだ。私の経験では」
経験を持ち出されたら、何年経ってもジョナサンに勝てない。ふくれそうな頬を、ぐっと押さえて不満を閉じ込める。
「『話せば分かる』は説得する前提の言葉と取られる。『ものを知らない』と蔑まれたと感じる人もいるかもしれない。異なる信念を持つ人は価値観も使う言語も違う、と考えるくらいがちょうどいい」
昔もこうして教えてくれた。真面目に聞かなかったのは、今聞かなくてもいつでも聞けると思ったから。
「亡くなって」二度と話せないと気がついた時は愕然とした。あの気持ちは言葉にするのが難しい。
そして今ジョナサンと話してながら感じる心のざわつきも、言いようのないものだ。
「じゃあ、私はどうすればいいの」
私の手に余る。フレイヤはあっさりと考えることを放棄した。
「君はそういう子だった」
ジョナサンの微苦笑が懐かしい。
「だって分からないことだらけよ。マイルスさんの顔も知らないなら、彼が危険人物かどうかも知らない。最悪ばかり考えていたら、なんにもできないじゃない」
力説するうちに、ジョナサンの近況について尋ねていないことに気がついた。
全財産を私にくれて、どうやって生きてきたのか。
「ジョナサン、お金はあったの? これまでどこにいたの? これからは王都で暮らすの?」
急だね、と彼が頬をゆるめる。
「これまでは、隣国で通訳や翻訳をしていた。お金なら心配ない。掘ったから」
普通の顔でおかしなことを言わないで。
「掘った?」
「聖王埋蔵金伝説を聞いたことは?」
にやりと笑うのが嘘っぽい。忘れたころに発掘ブームが起きる「聖王埋蔵金」の話なら、もちろんフレイヤも知っている。
……まさか。
「そう。私は埋蔵場所を知っているからね。ウィストンが探していたのもそれ目当てと考えている。兵を動かすにはまず金、次に金だからね」
どこまでが真実なのか。思いきり疑いの眼を向けても、彼は微笑を崩さない。
「埋蔵金掘りを体験したいのなら、いつでも案内するよ」
「芋掘り体験やリンゴ狩りみたいに言わないで。これからずっとこの屋敷に?」
「いや」ジョナサンは否定した。
「かつて聖王国だった地域を久々に訪ねて、歴史をたどる旅行記を書こうと思う。あわせてシンシア嬢を含めてマクギリス家の事情を探ってみる」
「気をつけてね。旅行作家になるの?」
「それもいいね」
「ジョナサンの書いたもの読みたいわ」
お世辞ではなくそう思った。彼の目から見た世界は、とても興味深いものに決まっている。
「愛読者一号はフレイヤだね。書いたら真っ先に君に見せよう」
フレイヤの気持ちは落ち着いた。でも話はどんどんそれてゆく。力技で戻すことにする。
「あなたに連絡を取るにはどうしたらいいの?」
「そうだね、君の家に鳥がいれば伝書鳩のように使えるけれど」
残念ながら鳥は飼っていない。
「大きな犬がいれば、呼びに来てくれそうだ」
「犬もいないわ」
どれだけ賢くても犬にお使いは無理だと思う。
「ならばダミアンに手紙を転送してもらおう。直接やりとりするのは不用心だからね」




