聖王国と騎士四家・2
現実離れした話でも、笑い飛ばせない重さがある。
「ウィストン家を知っている? 伯爵家」
「まったく知らない」
元男爵夫人のフレイヤが伯爵家とご一緒する機会は、まずない。仕事柄、従姉妹のイヴリンの方が詳しいくらいだろう。
「聖王家と縁戚にあたる家だけれども、血縁関係にあるとは言い難い遠さだ。そのウィストン家が聖王家の生き残りを探しているという噂を耳にしたのも『ジョナサン』を消そうと考えた理由のひとつだった」
ごくり。音がしたのはフレイヤの喉だ。
「ウィストンはハートリーと緊密な関係にある。ハートリーはわかる?」
「騎士四家の山猫のおうちでしょう。マクギリスから城砦を奪った」
「よく知っているね」
詳しくなったのはティナちゃんが繰り返し聞かせてくれたから。それにレイさんがルウェリン家の方なので、物語と思っていた世界が身近なものに感じられる。
城砦が攻められたのとジョナサンが姿を隠したのは、ちょうど同じ頃?
色々なものが繋がる感覚に鳥肌がたち、フレイヤは思わず腕をさすった。
「スケリット男爵と私の再婚も、あなたが勧めたの?」
ジョナサンは軽く首を横に振った。
「私は事故を偽装してすぐに王都を離れたから。ダニエルが君の身を案じて、身分と安全を手に入れようと策を用いたのだろう。多少なりとも身分がなければ、事故も事件も放置されて終わりだからね」
彼が貴族籍を持たなかったことが幸いして、事故処理が杜撰で計画が成功したともいえる。
「怖い目に遭ったり、おかしな者が君のまわりをうろついたりしなかった?」
スケリット男爵は高齢で外出を控えていたし、ひとりで出掛ける気にもならなかったのでフレイヤは邸宅にこもっていた。
それがよかったのかもしれない。
「頭が痛いみたい、ジョナサン」
聞かされた内容が濃すぎて受け入れを拒否している。気分転換が必要だった。
「お茶を淹れよう」
暖炉に火は入っていて、脇でお湯も沸いていた。ジョナサンが昔のように慣れた手つきでお茶を淹れるのを眺める。
「ねえ、ティナちゃんのことだけど。どうしてマイルス・マクギリス氏がティナちゃんを気にすると思うの?」
「今も話が飛ぶのだね」
大人になったのに、と苦笑のうちに懐かしさが滲むので、文句ではないと思う。
「その前に、あの子の両親について教えてくれないか」
実母はマクギリス家の乳母兼子守りで、父親は不明だけれどおそらく城砦勤めの男性ではないか。と、フレイヤの知っていることを伝える。
「養親は山賊らしいの」
「騎士崩れだろうね」
そういう言い方があるらしい。
「フレイヤ、あまり不確かなことは言えないが、マクギリス家は息女シンシアが行方知れずなのは知っている? となると伯爵の弟君は伯爵位を継ぐことができない」
「それは聞いたことがあるわ。継承順位というものがあるから、上位者が行方知れずのうちは届け出てから最短でも七年たたないと、下位の人は継げないのでしょ」
「よく知っていたね」
昔のように褒められて、少し嬉しい。
「でも、ティナちゃんはシンシア嬢ではないわ」
「それは確実?」
「ええ、絶対。ラング・ルウェリン様もお間違えになったけど、シンシア嬢はティナちゃんより歳下で金髪ですって」
「ふむ」
考え込むジョナサンを見つめる。
叔父の家の使用人は、ジョナサンと面識があった。にもかかわらず彼を初対面のお客様として接遇しているのは、髪型や眉の形が違い同一人物だと気づいていないから。
印象的だった眼鏡をかけていないことで、フレイヤが見ても別人に思える。
今になって分かる。以前の彼はこういう事態に備えて、変装めいたことをしていたのだと。




