聖王国と騎士四家・1
ジョナサンは叔父の書斎にいた。叔父夫婦は揃って出掛けているそうで、フレイヤにとっては拍子抜けもいいところ。
「昨日ダニエルにワインを渡したよ。『気を遣わなくていいのに』って。先約があって会えないのを残念がっていた」
「残念がっている」は、ジョナサンが加えただけで叔父は言っていないんじゃないかと思う。
書斎から窓越しに通りが見える。塀のむこうに馬車はなかった。
フレイヤの視線の先を同じように見て。
「彼は、ルウェリンのご長男だそうだね」
ジョナサンはまるで自室のように寛いだ様子で、フレイヤに座るよう勧める。
「それもご存知なのね。夜会でカードをくれたのは、あなたね」
「君と直接話したかったけれど彼に隙がなくて、あれが精一杯だった」
叔父の書斎机にもたれて軽く笑う。
「謎かけみたいで、意味が分からなかった」
フレイヤが子供のように唇を尖らせてしまうのは何年ぶりか。
「説明して、ジョナサン」
「何から話そうか」
「なにもかも」
押し黙るジョナサンに重ねて言う。
「私には聞く権利がある」
腕組みを解き微かに息を吐く彼を、睨む。聞くまでは帰らないと決めている。
「私が存在を消さなければいけなかった理由から話そうか」
どれからでも構わない、フレイヤはコクリと頷いた。
ジョナサンは当時情報局に所属していた。他国の情報部員から接触があり、上司の指示のもと情報を選択したうえで渡していたという。
そして相手の情報を得て、上司に報告していた。
けれど接触してきた相手が何者かに殺害されたことで、風向きが一気に変わる。ジョナサンが犯人と目され、相手国につけ狙われる事態となってしまった。
「君にも危険が及びかねないということで、事故を偽装して私を亡き者とした。これは上もダニエルも知っていることだ。協力者なしには不可能だからね」
まさか叔父までグルになって私を騙したなんて。驚き呆れフレイヤは言葉もない。
「理由はそれだけじゃない。これは初めて打ち明けることで、もちろんダニエルも知らない。君の胸に収めて欲しい」
他言無用と念を押される。昔は信頼されなかったから、重大な密か事を教えてもらえなかった。
でも今は違う。成長を認められたようで誇らしく思ってしまう。
「ルウェリン家のある地方が、かつて聖王国と呼ばれていたことを君は知っているだろうか」
聖王国とは面積こそ少ないけれど強力な宗教国家だった。騎士四家は本来、聖王国を護る四つの聖騎士団。
「災厄が重なり時代と共に王家は求心力を失った。そうなると一族の結束も揺らぐのは、想像がつくだろう? 騎士団間でも諍いが起こった。収拾がつかず王家は追われるように国を捨てた」
淡々とした口調と絶やさない微笑。穏やかでありつつも漂う風格は、これまで彼に感じたことのないもの。
フレイヤは自然に背筋を伸ばして聞き入っていた。
「私は、その一族の生き残りなんだ。おそらく唯一の」




