亡き夫ジョナサン・2
思いつくことがあった。
「ジョナサン、私を訪ねて来たのはあなた?」
ティナちゃんの言う「特徴のない男の人」。眼の前の元夫は年齢も分かりにくいなら、王都の男性に多い顎の細い顔立ちは整っている分余計に印象が薄い。
ジョナサンはすぐに肯定した。
「伝えてくれたんだね。可愛い女の子が、君は留守だと教えてくれた。名前を聞いてもいいかな?」
「ティナちゃんよ」
「マクギリス?」
出身地のことだろうか。物知りのジョナサンは、子供の顔にも地方の特徴を見つけたのかもしれない。フレイヤには驚きだ。
「どうして分かるの? 旧マクギリス領出身だって」
「まあ、見ればね」
ちらりとジョナサンが空に目をやった。つられてフレイヤも見上げる。雨でもなくまだ夕暮れには早いよくある曇り空。
「見つかってしまったか」
取りようによっては不穏にも思える言葉とは裏腹に、楽しげに目を眇める。
誰に、なにに。一気に不安になって、フレイヤはジョナサンの手を握った。
「いや」
「フレイヤ」
ジョナサンが包む形に手を握り変える。聞き分けのない子のように首を横に振るフレイヤの顔を覗き込んだかと思うと、頬に素早く口づけをした。
「今日は帰るといい。ワインは私がこれからダニエルに届ける。君は明日おいで」
「おいで」と言うなら、ジョナサンは叔父の家に滞在すると考えていいのか。
「ダニエルの家に先月からいる。だから、明日でなくても会える。来るのは君の都合のいい日でかまわない」
次々に驚きの発言が出て飲み込めないフレイヤに注ぐジョナサンの眼差しは懐かしさに溢れている。
「さて、時間切れだ。君はここにいて」
否応なしに言い渡すと握っていた手を離しワインを持ったまま店に入るジョナサン。
見送るフレイヤの頭のなかは疑問符で埋め尽くされる。時間切れって、なに。ここにいると、どうなるの。
「お姉さん! フレイヤお姉さん!」
声を弾ませて駆けてきた女の子が、勢いのままにフレイヤにしがみついた。クリスティナだ。
「ティナちゃん! どうしたの? なにかあった?」
「ねぇ、おうちに帰ろう。お夕食にジェシカ母さんが鴨を焼くから一緒に食べよう」
目に力を込めてひと息に言う。どうして私がここにいると分かったのか。
野生の勘が王都でも発揮されるとは知らなかった。心から感心する。
「レイが床で寝れば、お姉さんの寝場所はあるでしょう。だから帰ろう」
「床で、って」
また、レイさんの扱いがひどい。フレイヤはつい笑ってしまった。
クリスティナもほっとしたように笑みを浮かべる。
「申し訳ない、いくら叔父上のお宅へ新年のご挨拶だと言っても、クリスがきかなくて」
追いついたレイの顔は「申し訳ない」ようには見えない。たきつけたとまではいかなくても、支持したに決まっている。
「母さんの焼いた鴨、おいしいよ。でも続いちゃうから……食べたくない? ならチキンの丸焼きも上手なの。なかに色々詰めて皮に香草をすり込んで、本当においしいの。豚がいいなら、レイが買う」
そんな一生懸命なお誘いを断れるわけがない。フレイヤは、さっきまでジョナサンと繋いでいた手でクリスティナの手を握った。
「お母さまのお料理食べたいわ。お腹が空いてきちゃった」
心配そうにしていたクリスティナがぱぁっと晴れやかな顔になる。
「帰ろう、お姉さん」
「帰りましょうか」
店内からジョナサンはこの様子を眺めているだろうか。
振り返ろうとした時レイが「豚はどうする?」と聞いた。
「豚?」
「鴨に飽きたなら、豚か羊か」
肉の話だった。
「どうせなら全部買って行こう。野郎は肉好きでしょ」
「野郎?」
可愛いお顔から、聞き慣れない単語が。フレイヤが復唱してしげしげと見れば「しまった」と瞳に書かれているので、追及はやめておく。
「さあ、肉屋に寄って帰るか」
「うん!」
明日のことは、明日考えよう。ひとまずはお肉だ。
ぐいぐいと手を引かれ、酒屋をあとにした。




