亡き夫ジョナサン・1
卒倒せずにいられるのは、いつかこんな事があるかもしれないと空想をしていたから。
現実味はないのに「やっぱり」などと、頭のどこかで思っていたりする。
十七歳のフレイヤとジョナサンを引き合わせたのは叔父だった。
その前の年に両親がフレイヤの卒業を待っての離婚を決めた。
それは構わないけれど、住む家がなくなるのは大問題。
父親は「大人なんだから自活しろ」と言い、母親は「ダニエルの家は広いんだから、ダニエルの家に住めば」とフレイヤを弟に押し付けようとした。
進退窮まるとはこのこと。叔父から同僚のジョナサンを紹介されたのは、そんな時だった。
叔父の言う「仕事ばかりで金の使い道のない男」は、フレイヤが想像したより若く見える紳士だった。父親と歳が少ししか違わないとは信じられない。
フレイヤの窮状を知ったジョナサンから、初顔合わせの場で「君さえよければ『婚姻関係を結んでの生活援助』は、どうかな」と提案された。
理由は「君と暮らすのは楽しそうだから」
フレイヤに異性と付き合った経験はなく、お年頃と言われても、どこでちょうどよい結婚相手を見つければいいのか分からない。
そもそも自分を「人生唯一の人」として愛を誓ってくれる男性などいる気がしない、のないない尽くし。
ジョナサンの話を聞く気になった。
「私は、外歩き自由な飼い猫みたいなもの?」
「そうかな、そうだね。そう思ってくれていい。観劇に行きたければどうぞ。夜公演はカップルでないと肩身が狭いだろうから一緒に行こう」
仕事の付き合いで出席する夕食会には妻の同伴が求められるのだそう。
「独身だと知ると見合いの世話をやいてくれる親切な方々とのやり取りも、いい加減面倒になってきて」
彼の苦笑には真実味があり、フレイヤは同情した。
「普通に『結婚しましょう』でないのは、どうして?」
彼が目を見張ったのは、フレイヤがあまりに率直に質問したからだと、後日笑いながら教えてくれた。
「とても若い君の相手が私では申し訳ない気がする。暮らしながら関係を築こうか」
返事は穏やかな微笑と共に忘れ得ぬものとなった。
「ありがとう、フレイヤ」
ワイン店の柱に背を預けてもの思いにふけるフレイヤに、支払いを終えたジョナサンが微笑みかける。
「なにのお礼?」
「待っていてくれたことへの」
待つに決まっている、だってあなたの手にあるのは私のワインだもの。
それともあなたの言うのがこの五年のことなら。
「待ってない」
彼には身内らしい身内がいなかったので、フレイヤが財産を引き継いだ。
それがジョナサンの望みでもある、と叔父が言ったから。
その後高齢のスケリット男爵と再婚したのを、そして再び未亡人になったのをジョナサンは知らないだろう。
なにも知らない女の子は、夫を亡くすたびに資産を増すしたたかな女になりました。
すべて話したらジョナサンはどんな顔をする?
いくつもの微笑を使い分ける彼の口元を歪ませることができるかしら。
「フレイヤ」
ジョナサンの指がフレイヤの鼻をつんと押さえた。突然のことに面食らっていると。
「困らせようと企んでいるね。以前の可愛らしさを失ったと君は思っているのかな。今の君は可愛らしさに美しさが加わって輝くばかりなのに」
褒め言葉を惜しまない彼こそ、変わらない。




