待って、あなたは死んだはず・2
ラベルがよく見えるよう角度をつけて持つ細やかな気遣いに、フレイヤは感じいった。
「こちらをいただきます」
「他の品はご覧になりませんか」
決断が早いと思われたようだけれど、手土産のワインなど気の利いたものが見つかれば十分。これは一点もの好きな叔父にぴったりだ。
「ええ、こちらをいただきます」
ふと、瓶を持つ革手袋が気になった。店の中で革手袋をしていることがあるだろうか、店員が。
手袋から腕を見てジャケットではなく細身のコートであることに気がつき、血の気の引く。
相談にのってくれていたのは店員ではなく、お客だった。
「ごめんなさい! お店の方だとばかり」
悲鳴を上げそうになりながら謝ると、紳士は涼やかに笑った。
「どういたしまして。店の人より、よほど店員らしかった?」
「ええ、本当に」
ひとを緊張させない声に胸をなでおろしつつ紳士の顔を見たフレイヤは、我知らず顔を強張らせた。叫ばなかったのは奇跡に近い。
「顔色が悪い、大丈夫?」
眉間を狭めて気遣わしげにする顔に、見覚えがあった。
いつもかけていた眼鏡がないせいか神経質な印象が失せ、全体に個性が薄まっている。
それでも見間違えようのない彼は。
「ジョナサン……」
「覚えていてくれて嬉しいよ、フレイヤ」
完璧な微笑に、時が止まる。最後に会ったのはもう五年も前。
彼は棺の中で。フレイヤは初めて自分が主として仕切る葬儀に手一杯で、悲しむ余裕もなかった。
彼、夫であるジョナサンが亡くなったという実感のないまま、街で似た背格好の人を見かけると目で追うことは、今もある。
「そんなはずない、だって、お葬儀を出したわ。叔父が確認した……」
馬車に轢かれて損傷がひどいから君は見ないほうがいい、と言われて。
「じゃ、あれは誰なの」
棺には確かに人が入っていた。
「信じない、私は信じません。ジョナサン」
ジョナサンと呼んでしまっている時点で整合性がない? そんなことはいい。
混乱する頭は、ここから早く離れたいと言っている。
「私、行くわ」
「ワインはどうする? ダニエルに贈るんだろう」
ダニエルは叔父の名。叔父とジョナサンは友人であり、仕事仲間でもあった。
だからワインの好みも知っている。
「いる。ワイン、いる」
歳の差二十で「若奥様」と呼ばれた頃、彼の前で子供っぽい振る舞いをしていた。財布だって出したことがない。
「ちょっと待ってて。話そう、フレイヤ」
「買ってくるから」とワインを持ち直す亡き夫ジョナサンに、フレイヤは無言で頷いた。




