舞踏会での遭遇・2
「最近の役者は優しく甘い顔立ちばかりになってしまって、劇に厚みが出ないのよ。その点彼は遠目にも存在感があるし、古風な面構えは一周回って新鮮だわ」
淑女にはあるまじき舐めるような視線を察知して、レイは鳥肌を立てているのではないかしら。
「地方では珍しくなかったわ、頬から顎がしっかりした雄々しいタイプ。少し遠いけど勧誘に行ったら?」
フレイヤの旅行が長引いていることは、叔父から知らせてもらっていた。
イヴリンが声を潜めて尋ねる。
「あの辺り紛争地でしょう、大丈夫だったの?」
城砦を巡っての戦闘は、当時王都でも話題になったものだ。
思うより早く収束し、他人事として忘れられるのも早かったと記憶している。
「城砦から離れた街道を通ったから、現地は見てないの」
フレイヤの返事を聞いてイヴリンは一気に興味を失ったようだった。再びレイを熱心に見つめる。
「本当に役者に興味はないかしら。彼、名前は?」
レイが内心興味を持ったとしても舞台に立つのは現実的に難しい。
「レイ・マードック」
「あら、素敵なお名前。彼にぴったりだわ、本名でいけるじゃないの」
「ルウェリン」
怪訝そうにするイヴリンに繰り返し名を告げる。さあ、驚いて。
「レイ・マードック・ルウェリン。騎士四家物語の狼の家、ルウェリン家の子息なの」
自分だってクリスティナから聞くまで細かいことは忘れていたくせに「常識だ」と知ったかぶりをする。
「騎士四家って今もあるの?」
それはさすがに失礼だろう、レイに聞こえたらどうする。からかったフレイヤのほうが慌てる。
「あるわよ、あります。ハートリーとマクギリスだけじゃなくて、ルウェリンとアガラスもちゃんとある」
「知らなかった」
イヴリンがものを知らないのではなく、王都ではこの程度の認識が一般的。王国に併合されるまで、あの地域は別の国だった。
だからこそフェリーさんは「見てきてください」という言い方で、レイさんに社交をさせようとしているのだと思う。
ラング様よりレイさんのほうが社交的で人当たりが良い。
「さすがに本家じゃないでしょう?」
食い下がるイヴリン。残念でした。
「本家のご長男です。弟さんが後を継いでいるけれど」
「それ本当? 役者になる可能性皆無じゃないの」
芝居がかった動きで天を仰ぐ従姉妹がおかしい。フレイヤからこらえきれない笑いが漏れる。
その後他愛のない話をするうちに、イブリンは離れた場所に知人を見つけて「ご挨拶をして来なくちゃ、次に会った時には必ず紹介してね」とレイに未練を残しながら去っていった。
「お待たせいたしました」
入れ替わるように給仕が来る。手に持つ銀色のトレーにはグラスがひとつだけのっていた。




