大人の会話・1
色々聞かされて飽和状態になったらしいクリスティナは「お昼寝してくる」と言う。
ひとりになりたいのだろう。子供にもそういう日はあるわよね。
レイがティールームでもクッキーを小山ほど買ってきていたので、いくつかをお皿に乗せて持たる。
クリスティナはお皿を両手で大切そうに持って居間を出ていった。
食べて寝て、元気になる。王城へ行って珍しいものをたくさん見れば、また気分も変わるだろうし。
劇場では年末恒例の子供向け舞台がある。券の販売は終わっているが、譲ってくれそうな人の心当たりはある。フレイヤがあれこれと思案していると。
「フレイヤさんがこういった小説を読むとは」
栞を挟んだページに目を落としてレイが言う。
手にあるのはフレイヤが隠し忘れた大人向け恋愛小説。見られて恥ずかしい気持ちを押し殺して、つんとする。
「作者も女性ですのよ。殿方のお好きな胸の大きいメイドや、庇護欲をそそる令嬢は出てきません。レイさんは楽しめませんわ」
手を伸ばして本を奪い取り、本棚に収める。後で別の場所に移しておかなければ。
「よろしければ、いかが?」
「ありがとう」
ジュースのようなものとはいえリンゴ酒は酒。
話題を変えるきっかけ作りに、グラスを出しリンゴ酒を注いで手渡す。
フレイヤの手にちょうどよいグラスはレイが持つと小さく見える。
「ね、ティナちゃんの言うアンディをレイさんはご存知?」
生き別れのお兄さま、幼なじみ。思いつきが歌劇めいてしまって、例を出すのはためらわれる。
「アンディは、家出少年だ」
それは予想外。絶対に思いつかない。フレイヤは長椅子に座り、続きを促した。
山賊の娘と街育ちの(おそらく良家出身)家出少年が山で暮らしながら友情をはぐくむ。
小さな騒動や価値観の相違からおこる仲違いを経て、ふたりの絆は深まる。きっと彼が主人公少女と将来をともにする相手になるのよ。
少女小説の題材としては良いと思われるのに、期待外れの再会シーン。
「落としてからの盛り上げ」でないなら、別に「運命の人」がいることになる、物語では。
「なぜかしら。数年前のティナちゃんと今、可愛さは同じか増しているはずでしょう? 妹の手前、恥ずかしかったのかしら」
返事がないので、フレイヤのひとり言になる。
レイの結んだ唇を見れば、自分なりの答えを持っていると知れる。
教えてくれる気はあるのだろうか。
立ち入ったことを子供から聞き出すのはどうかと思って聞かずにいたので、ご両親がなぜティナちゃんを手離したのかも知らない。
フレイヤはレイの唇の輪郭を目で辿った。




