女の子のお兄ちゃん
「『たくさんはいけません』でも『クッキーひとつならいいわよ』」
口調を変えたのは、きっとお母さんの真似。よくこのお店に預けられて、待ち長い時は一枚のクッキー追加はいいことになっているのだろう。
レイと取り決めをしていないクリスティナにも許されるルールかどうかは分からない。でも、せっかく誘ってくれたのだし、断るとこの子は悲しくなってしまうかも。
レイは叱らないに決まっている。クリスティナの決断は早かった。
「一緒に行く」
ぴぃちゃんに、ふたり分のバッグを見張っててね、と言うのも忘れない。
クリスティナは女の子と連れ立ってワゴンへと向かった。
ふたりで迷いながら一枚ずつクッキーを選んで戻ると、「お席はご一緒になさいますか」とお店のお姉さんが同じテーブルにお皿を並べ直してくれた。
「お互いにお名前を名乗ることから始めるとよろしいですよ」
助言をくれたのでその通りにする。
「クリスティナです」
「シャーインです」
「素敵なお名前ですね」
「はい」
聞き慣れない名前で、一度では聞き取れなかった。そしてなにを話していいのか。
困った時のぴぃちゃんだ。助けを求めると、窓の外を見る。これだ。
「いいお天気ですね」
「はい」
一瞬で終わりましたよ、ぴぃちゃん。次お願いします。
ぴぃちゃんの視線が定まったのは通りに面した扉。
「いらっしゃいませ」
「お茶ではなく、妹を迎えに来ました。シャーメイン」
扉が開く音がして、すぐに少しかすれ気味の男の子の声がした。
クリスティナの向かいにいた女の子がパッと振り返り「お兄ちゃん」と呼ぶ。シャーインではなくシャーメインが正確だったらしい。
つられてクリスティナも「お兄ちゃん」を見た。
コートと革手袋の色がお揃いなのが、いかにも良家の子息っぽい。
「外では『お兄ちゃん』じゃなくて『お兄さま』と言うんだったよね、シャーメイン」
妹の椅子の背に片手を添えて、クリスティナに会釈する。
「妹といてくださって、ありがとうございます。ご迷惑をおかけしたのではありませんか」
クリスティナの目は、男の子の青い瞳に惹きつけられた。この青、これ以上綺麗な青い目はないと思った青。
どうかしたかという風に、男の子が改めてクリスティナを見る。
そして、目を見開いた。




