クリスティナの王都新生活・1
大事なことを忘れていた。
「でも、寝台がひとつしかありませんの。私とティナちゃんが使いますから、レイさんは――」
フレイヤが自分の座る長椅子を両手を下向けて示す。
「ここ。この長椅子でよければ、ですが」
疲れた体で宿屋を探す面倒さと、疲れているのに寝台ではなく長椅子で寝ることのどちらが良い選択かは、人によるかもしれない。
それでもレイは即座に顔をほころばせた。
「ぜひ、そうさせて欲しい」
曇りのない表情は、性格のおおらかさを映すよう。
彼の人柄の良さにつけ込んで買い出しを頼む。一度座ってしまったら最後フレイヤは動きたくないのだ。
「すみません、お客様にお願いすることではないと承知しておりますが、夕食を調達してきてくださいませんか」
お安い御用だと請け合うレイに、近隣の持ち帰りできる料理屋をいくつか紹介していると、足音も軽くクリスティナが駆け戻った。
「お姉さん! ジェシカ母さんからお手紙が届いてた」
手に握った封書を差し出す。
がっかりさせてはいけないとクリスティナには伏せていたけれど、母親のジェシカにこの家を訪ねてくれるよう手紙を出していた。
それについての返信が、帰宅より先に届いていたらしい。
フレイヤはざっと手紙に目を通しつつ、いきさつを説明した。
「お姉さん、ありがとう。私、お姉さんにどんなお礼をしたらいい?」
瞳をキラキラさせるクリスティナは、とても可愛らしい。フレイヤが両手を広げると素直に抱きつくのも、また可愛い。
「ティナちゃんの可愛さを堪能するだけで、充分よ」
可愛さを堪能なんて言われても意味不明であると思うのに、おとなしくされるがままのクリスティナ。見守るレイの眼差しも優しい。
クリスティナの肩越しに大人ふたりは微笑を交わしあった。
読み書きに不自由がないどころか、フレイヤが「私こそ失礼のないように」と気を遣うほどの美文字で記す山賊の妻ジェシカ。
少し驚いてしまったが、名門騎士家の長男が山賊に加わるご時世だと思えば、それも不思議はないのか。
庶民でありながら淑女学校を出たフレイヤは、手紙の行間から自分に似た匂いを感じとる。
「ジェシカ母さん」は、それなりの家の娘で教育も受けている。
ティナちゃんを育てるにはちょうどいい階級だと思ってから、ハッとする。
それではまるで、育ての母よりクリスティナの方が出自が良いと言っているようなものだ、と。




