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差し伸べられた手・4

「重いから気をつけて持て」


 クリスティナの手に渡されたのは、大事な草の入った桶。

言って欲しい「なにか」は、そういうのじゃなくて。焦れったさに唇が尖るクリスティナと違い、ウォードは平静そのものだ。


 さよならが寂しいのは、私ばかり。

拗ねるのは子供っぽいと分かっていても、不満を押しつけてしまっている。


 今、可愛くないから見ないで欲しい。クリスティナの肩は落ちてどんどん小さくなる。




乾いた音がした。


「会うと分かっていればキャンディでも持ってきたが。俺の持つもので好みそうなものは、これくらいだ」



乾いた音の元は、ふたつの胡桃だった。


「私があげたあれ?」


 さすがにそれはもうない、とウォードが小さく笑う。


「胡桃の役立て方を熱心に語られてから、なんとなく持ち歩くようになった」



 クリスティナの目の前で、殻と殻をガリッとさせて器用に割り中身をだしてくれる。

 ほら、というように口元まで持って来られて、ウォードの手からつい食べてしまった。


 もぐもぐごっくんすると、もうひとつ口に入れてくれる。


「あとはウォードが食べて」

「それで全部だ」



え、独り占め。クリスティナが顔色を変えた時。


「俺にも『あ〜ん』」


はうるちゃんが大口を開けて、にんまりとした。


 今いいところなの、おとなしくていて欲しい。そういうのが嫌われるんですよ、はうるちゃん。


 クリスティナのトゲトゲしい視線を受けても全く気にせず「レイ、来るぞ」と顎で示す。

 


 お別れの慌ただしいこと。

クリスティナの視線の先を追ったウォードも、誰か来ると察知したらしい。


「薬草の礼はあらためて」


 素早くクリスティナに告げる。それはつまり次があると思っていいのか。


「またね、ウォード」


 ドキドキしながら念を押す。踵を返すウォードを引き留めたくて、クリスティナはさらに声を上げた。


「ウォードのためなら、どれだけだって草を取る! でもできるだけ病気にならないでね!」



 ウォードは首だけで振り返ると片手を軽くあげ、藪の中へと姿を消した。



「行っちゃった……」


 次はいつ会えるんだろう。学校に来るとは言ってくれなかったな、と思う。



「『草取る』って、クリスティナ。それ俺んちの草」


 いつの間にか隣に来ていたはうるちゃんが真顔で指摘する。


「立派な狼なのに、草くらいでちっちゃなこと言わないで」

「お、おう」


 たじたじするはうるちゃんは珍しい。ちょっとすっきりした気持ちになる。



「クリスティナ、あいつが好きなのか」


 いきなりそんなこと、聞く? びっくりするクリスティナに対し、からかう感じでもない。だから答える気になった。


「好きか嫌いかなら、だんぜん好き。ジェシカ母さんもフレイヤお姉さんも好き」


「――まあ、なんにしろ先の話だな。でもあいつは、ちょっとばかし面倒な男だ。クリスティナ苦労するぜ。悪いことは言わねえ、うちのラングにしろよ」



 それってお婿さんの話? ものすごく先のことだ。


「ラング様、いい体してるしカッコいいと思うけど、私が大人になる頃には、おじさん」

「ひでえな」

「ほんとのことだもん」

「男は年齢じゃねえぞ」



 フレイヤお姉さんみたいに、すぐ未亡人になっちゃう。それはそれでいいかもしれないけど。

 はうるちゃんと言い合っているうちに、寂しさが薄まる。



「おおい、クリス」

レイの呼ぶ声がした。


「ほら、お迎えだ」

 俺は一足先に帰るわ。言うが早いか、はうるちゃんの姿が掻き消える。


「ありがとう、はうるちゃん」


 お礼は聞いていたかどうか分からない。

クリスティナはレイに向かって「ただいま」と大きく手を振った。


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