熱に浮かされた夜・2
血の気の引くような痛さに汗がどっと出る。昼間動かしていたうちはまだよかった。どうやら動き始めが恐ろしく痛いらしい。
もう一度試してみる気にはとてもならない。片足で跳ねて移動するのは音が立つから避けたい。
というわけで、床に伏せて這って扉まで行く。伸び上がって取っ手を掴み、なんとか廊下へ出る。お尻でいざるのはどうかと試したら、左足をつかないのは困難だと分かった。
まさかお腹で人様のお宅の床を磨くことになるとは思わなかったとしみじみしつつ、肘と手のひらを思いきり使って前に移動する……が、疲れるわりに進まない。
水は諦めて部屋へ戻ろうにも、ここから戻るのも大変。
嫌気が差して床に頬をつけたところで、扉の開く音がした。
ティナちゃんではない気がする。いっそ気を失ってしまいたい。フレイヤが目を閉じてじっと動きを止めていると。
「……廊下で寝たい理由が?」
降ってきたのは、思った通りレイの声だった。眠っていると思っていただき、見ないふりを願いたい。
「フレイヤさん? 」
背中をそらして渋々顔を上げる。廊下は暗いので、お互い黒い影でしかない。
「喉が乾いて、水を飲みに」
「持って来ましょうか」
「汗をかいたので、ついでに拭きたいのです。ゆっくり行けばひとりで出来ますので、どうぞお休みになって」
部屋に戻ればティナちゃんを起こしてしまうかもしれない。
かと言って、レイさんの私室に立ち入るのも気が引ける。
「階段はどうするおつもりです?」
「小さな子のようにお尻で降りますわ」
「俺が運べば一瞬ですよ」
いいとも悪いとも返事をする前に、抱き起こされた。レイは子供にするように縦抱きにして、廊下から階段、一階へと行き、ソファーへとフレイヤを座らせた。
おんぶに横抱きに縦抱き。こんなに人様にご迷惑をおかけするのは初めてで、合わせる顔も身の置きどころもないくらい、恥ずかしい。
内心深くため息をついていると、目の前に水の入ったコップが差し出された。
ソファー横の小卓に燭台が置かれた小さな灯りが、柔らかくあたりを照らす。
軽く一礼して水を飲む。通るところすべてを潤していくような感覚にほっとし落ち着いたところで、レイが立ったまま見つめているのに気がついた。
「すみません、ご迷惑のかけ通しで。よければお掛けになりませんか」
レイの雰囲気からまだ寝ていなかったようだし、目が冴えてしまった。少し話すのはいかがですか。
フレイヤの誘いにレイは応じた。




