レイ・マードックの正体・1
特に庭というものはなく、昔にあった畑は放置されて自然に還ったそうだ。
「畑がなくて野菜はどうするの?」
せっせと花を摘みながら、クリスティナはレイに質問した。
「そのへんに勝手に生えてくる野菜と、後は祖母の世話をしていた者が近くに住んでいるから、必要なものは頼んでいる」
「ふうん。フレイヤお姉さん、甘いものが好きよ」
お姉さんの点数稼ぎをするために教えてあげたのに、なぜか笑われた。
「甘いものが好きなのは、クリスだろ」
会った時から思っていたけど。この人、なんだか私のことを前から知っているみたいな言い方をする。
クリスティナは屈んでいた身を起こして、レイ・マードックの顔を凝視した。
視線を受けて、楽しげにする顔に見覚えがあるようなないような。
「好きだったよな。木の実のはちみつ漬け。探してくるから少し待っててくれ」
そんなことを知っているなんて。クリスティナの眉間に皺が寄った。
「……誰?」
レイ・マードックが複雑な笑みを浮かべる。
「フレイヤさんの手前、初対面のふりをしているのかとも思ってたが、やっぱり気がついてなかったんだな」
「……」
そんなことを言われても、誰。レイ・マードックなる名前に心当たりもない。
顔の下半分を手で隠して「これなら?」とクリスティナに見せる。
そういうのいいから、さっさと正解を聞きたい。軽く腹を立てながら眺めるうちに、ひらめいた。
「ベンジー。ベンジー?! 」
野郎のなかでは格別にお行儀がよく、ジェシカ母さんも信頼を置いていた。
道に倒れていたアンディを運んだのは、ベンジーだ。
「やっと分かったか」
笑われたけれど仕方がないと思う。
「だって、おヒゲがないんだもん」
ベンジーも含めて野郎どもの顔の区別がついていなかったのは、黙っておく。みんな髭面で同じに見えた。
「あの頃は、顔を分かりにくくする為に全員髭面だったからな」
そういうことか。てっきりオヤジに憧れて真似をしているのだと思っていた。大きな勘違いだった。
「ベンジーはどうしてここにいるの? なんでレイって名前なの? ジェシカ母さんは? 今までどうしてたの? 今も山賊なの?」
「クリス、待ってくれ。そう一気に聞かれても覚えられない」
思いつく限りの質問を並べようとするクリスティナを、遮る。ベンジーだと思って聞けば、確かに声にも覚えがある。
「見た目は女の子らしくなったのに、中身はそのままクリスだな」
誉めてない、それ。お姉さんが「カッコいい」と言っていたのは、教えないことにした。




