おんぶにだっこ
「私、歩けます」
「いや、だめです」
「肩を貸してくだされば、本当に歩けます」
「痛みを我慢すれば歩けるとしても、歩かないほうがいいんだ」
おぶって行くと言われて固辞するフレイヤに対して、レイ・マードックの説得は根気強かった。
「無理に歩くと治りが遅くなる」とまで言われては、折れるしかない。
ティナちゃんは大丈夫かしら。フレイヤはレイ・マードックの背中から振り返った。
他にもある罠を踏まないよう、先を歩くのは背中にフレイヤを背負ったレイ・マードック。その後をクリスティナがついて来るのだが。
さっきまでの元気は無理をしていたらしい。見られていないと思う今は、肩を落とししょげきってトボトボと歩いている。
罠を踏んだのは自分の不注意によるものでティナちゃんは少しも悪くない。繰り返し伝えたから、分かってくれたと思うけれど、理屈じゃないのだろう。
クリスティナの気持ちを考えると足より心が痛い。目頭が熱くなりフレイヤは小さく鼻をすすった。
「寒いですか?」
レイ・マードックは人ひとり背負いながらも、平然とした足取りで山を登る。
「あ、いいえ。ティナちゃんが落ち込んでいるので」
これでは返事にならないと、言ってから気がつく。
「離れずについてきていますか」と聞かれたのと「ティナちゃんと手を繋いでもいいですか」と聞くのが重なった。
両腕をレイ・マードックの肩に掛けてフレイヤなりに負荷を分散させているつもりだった。ティナちゃんと手を繋ぐと片手が外れるので、重さをより感じさせてしまうようになる。
「知ってますか、気落ちは体力を消耗させる。クリスにこの登りはちょっとキツイかもしれない」
気力が体力に影響するなんて。子供の足でこの先の長さを考えると、切ない。
「クリスをおぶってやってくれませんか」
「はい?」
いきなりの提案に戸惑うフレイヤに、レイ・マードックは事もなげに続ける。
「俺がクリスごとあなたを背負うので」
「え!? それはさすがに重すぎませんか」
フレイヤだって特別細身でもない。三段に重なった亀を想像しても一番下は大変そうだ。
「子供のひとりくらい変わりませんよ」
「でも……」
とはいっても、どれだけあるか分からない山小屋までの距離を「私は降りて歩きますので、代わりにティナちゃんをおんぶしてあげてください」と申し出るほど、体力に自信はない。
「クリスの様子は?」
振り返ると、うつむいて目を拳で擦っている。涙を拭く仕草にフレイヤも泣きそうになる。
こういう時こそ甘やかさなくてどうする。そして彼にはさんざん迷惑をかけているのだから、かけついでだ。
「本当にいいんですね?」
「蝶に羽を一枚増やすくらいのもんです」
朗らかに軽口をたたかれて、フレイヤも笑ってしまった。
「降ろしてくださいな」
いきなり立ち止まったことで、クリスティナが不思議そうに目だけを上げる。こすり過ぎて赤くなった目尻が痛々しい。
「ティナちゃん。私がおんぶしてあげる。それで、私とティナちゃんをレイさんにおんぶしてもらいましょう」
ぱちぱちと瞬きするクリスティナの手をぐいとひっぱり背中を向け、乗るよう勧める。
「お姉さん?」
本当にいいのかと遠慮がちなクリスティナを、指先をひらひらとさせ誘う。
「こうなったら、おんぶに抱っこでとことんレイさんを頼りましょう! 私達をどうかよろしくお願いします」
「ははっ、大船に乗った気持ちでいてください」
レイ・マードックの大きな笑顔は安心感を与えるものだった。