罠にかかる
山のなか、うずくまるフレイヤの額に汗が浮かぶ。いかにも痛そうな声を上げたのに、その後は「痛い」と言わない。
「大丈夫よ、ティナちゃん。そんな心配しなくても」
「どうしよう、どうしよう! 私のせい!」
オロオロとするクリスティナを安心させようとしてか、フレイヤが微笑する。
「少し時間をくれたら、自分で壊せると思うわ」
「でも、その前に足がダメになっちゃうっ」
「怖いこと言うわね、ティナちゃん」
「だって、だって本当だもん!」
フレイヤの左足甲はがっちりと木製の罠に挟まれていた。クリスティナの知るところでは、鹿用の罠っぽい。
まだ金属製でなかっただけ、よかった。金属だったらきっと骨が砕けている。
しっかりとした造りの革のブーツを履いていてこれだから、薄い靴だったらと思うとぞっとする。
「お姉さん、靴をそのままで足だけ抜けない?」
「いい考えだけど、ちょっと難しそうね」
もう足が腫れてきたのかもしれない。フレイヤの表情を見るうちにクリスティナの顔が歪んだ。
「ごめんね、ティナちゃん。失敗したわ」
「違うの、お姉さん! 私が近道しようって言ったから!!」
みんなが通る山道を、ぴぃちゃんに下見してもらったら、昨日フレイヤお姉さんに絡んだ三人組が、のったりくったり歩いていると分かった。
一緒になりたくない。それで、通れそうな道をぴぃちゃんに空から案内してもらいつつ進んでいたら、フレイヤお姉さんが罠を踏んでしまった。
「通れそうな道」は、獣道だったのだ。
私のせい、私が悪いと責任を感じるクリスティナはもう半泣きだ。
罠猟は基本的に毎日獲物のかかり具合を見回るもの。日が落ちるまでには猟師が来るとは思うけれど、そんなの待てない。
「ぴぃちゃん、どうしよう。お姉さんが死んじゃう」
えぐっとしたクリスティナに、フレイヤが目を見張る。
「待って。さすがに大げさよ、死にはしないと思うわ」
これ以上締まらないようにと落ちていた枝を罠の間にかませて、どうにか隙間を作ったらしく、袖で汗を拭って笑う。
「ティナちゃんには『野性の勘』があるから、ここに戻れるでしょう。人のいる道まで出て、頼りになりそうな大人の人を連れて来て」
フレイヤは、ぴぃちゃんの道案内をクリスティナの野性の勘と解釈している。
「やだ、お姉さんといる」
私がいない間に変な人が来てお姉さんがさらわれたら困る。クリスティナは断固拒否した。
「ティナちゃん……」
弱りきった顔をされても、クリスティナにだって譲れない時はある。
と、姿を消していたぴぃちゃんが戻って来た。
とっとととっと。ついて来て、と振り返り振り返りする。
「遠くへは行かない」
クリスティナが小声で言うと、ぴぃちゃんは「その繁みの向こうでいい」と合図する。
「お姉さん、ちょっとだけ待ってて」
涙をぐしっと拳で拭いて繁みの陰へまわると。頭からすっぽり抜けていた存在が、そこにいた。
「はうるちゃんっっ」
「待たせたな」
「もう、はうるちゃんでもいい。助けて」
しゃくりあげるクリスティナに「『でも』ってなんだ、『でも』って」と文句を言いながら、狼は「俺が来たからには心配はいらねえ。涙は他にとっとけよ」と余裕たっぷりに笑った。




