通りすがりの・5
歩いての山越えは、明朝早くからを予定している。宿屋に落ち着き、クリスティナが買ったばかりの靴下を履いて寝ると言うのを、フレイヤは止めなかった。
靴屋で値段の交渉を先に済ませ、レイ・マードックは「これで」と立ち去った。
女性の足を見ることを避けようと考えてなら、とてもマナーの良い人だ。
強面に似合わないスマートなやり方だわと、思い出してフレイヤは口元をゆるめた。
ラング・ルウェリン様に面差しが重なるのは、この地方特有の顔立ちなのかもしれない。
主都では額の形がよく顎が細い顔立ちの男性が目立つ。都から離れば離れるほど少なくなり、雄々しい顔立ちが目につく。
「ぴぃ」
クリスティナの寝言だった。時々、ぴぃちゃんと自分のことを呼ぶひとり言。
地図を眺める時や、空を見て言うことが多い。大人と違って子供のひとり言は、かわいいものだ。
靴を寝台の脇の決めた場所に置き、明日の服を着て寝るクリスティナの習慣を知った時には驚いた。
「すぐ動けるように」
お寝坊しても慌てなくて済むようにという理由だと推察し、寝間着を勧めるのはやめた。
荷物は少ないほうがいいので、寝間着を抜いてかわりに雨よけマントが入った。
ティナちゃんのお名前が正しくはクリスティナだと知ったのは、旅に出て早々。
お母さんは旧マクギリス領にいる可能性が高いと教えてくれた。
はっきりとした居場所が不明でも「母さんのお友達のおうちを知っているから大丈夫」と明るく楽天的。一緒にいて楽しく心強い。
「でも子供だものね、もっと私がしっかりしないと」
寝顔はあどけなく子供らしい。ルウェリン家に預けられた理由は本人もよく分からないのだとか。
名士が不遇な身の上の子を引き取るのはある話だ。ラング・ルウェリン様が独身でいらっしゃるので疑ってしまっただけで、おかしなことでもない。
叔父あての手紙を報告書としてしたため、確実に届く方法を宿の主人に教えてもらい、依頼した。これでルウェリン様は男爵位に一歩近づいたことと思う。
今日の宿は「女性でも安心だ」とレイ・マードックさんが紹介してくれた。彼はどうやら地元の人らしく主人と「久しぶり」と挨拶を交わしていた。
旅に出て、こんなに気の抜けた夜は初めてかもしれない。
もしも彼が強盗で夜中に盗みに入ったなら、簡単に身ぐるみ剥がされる。
浮ついた気分は危うい。でも緊張につぐ緊張から放たれた気持ちを落ち着けるのは、難しい。
今夜くらい、一晩だけだから。自分に言い訳しながら、フレイヤはクリスティナの隣に潜り込み目を閉じた。