山の暮らし・2
初夏になり、あちらこちらに釣鐘草が咲く。この辺りに咲くのはピンク色だ。
クリスティナがせっせと鎌で刈っているところへ、シャツの胸元を広く開けて風を通しながらアンディがやって来た。
日ごとに強くなる日差しを受けて焼けたアンディの肌は、外仕事をする人の色だ。
「クリス、帽子をかぶりなよ」
その言い方は一緒に暮らし始めてひと月しか経たないのに、ジェシカにそっくり。
アンディの日課は馬の世話と水汲み、早朝の畑の水やり、クリスティナのお勉強の先生、食事の下ごしらえの手伝いだ。
野郎どもの暇な時に習っているのは棒術。地元に伝わるもので、お祭りなどで披露される。アンディはなかなか筋がいいらしい。
これだけ汗をかいているのだから、稽古の後だろうと思う。
「強くなった?」
かがめていた腰を伸ばし、鎌をおろして聞く。
「始めたばっかりだよ、せめて一年経ってから聞いてくれないかな」
手巾で拭うお腹も汗が光っている。同じ子供なのにお肉の柔らかさが違うような気がする。
私のはちょっとぷよ、アンディのは薄くしゅっと……見るからに良い肉質がクリスティナには羨ましい。
「クリスはその花をどうするの?」
花は摘むものだと思っていたけど刈るものなんだね、とアンディがなぜか感心したように言う。
「売るの」
マクギリス家の墓所は山を越えた場所にある。オヤジ達の管理する道から側道へ入ってすぐだ。
噂ではマクギリス伯と夫人、エイベルはここではない別の場所に埋葬されているらしい。けれど、せめてもと歴代の墓所にお参りする人は後を絶たない。
花を束にしておけば、供花にと買ってくれる。それがクリスティナの稼ぎになる。
クリスティナの説明に、アンディは目を見張った。
「すごいね、クリス。食い扶持を稼いでるなんて」
「くいぶちってなに? それよりアンディ『花言葉』って知ってる?」
「花言葉?」
クリスティナもつい最近覚えたばかりなのに、さも前から知っていたかのように口にする。
花それぞれに意味をもたせるなんて知らなかった。
もちろんアンディも知らないらしい。
「釣鐘草は、なに?」
「『救われなかった命』だって」
「……そのままだね」
この季節にいくらでもある花が釣鐘草なだけで、咲いていればなんだって束にする。
「花言葉」ひとつで悲しそうな面持ちになるアンディは、ジェシカの言う「ロマンチスト」だ。
クリスティナは少し離れた所にかたまって咲く紫の花、アザミを見やった。
アザミを花束に入れないのはトゲが痛いからであり、花言葉が「復讐」だと知ったせいじゃない。
そしてそれはアンディに言うほどのことでもなかった。