通りすがりの・3
徐々に落ち着いて、フレイヤは前かがみになっていた腰をようやく伸ばした。はあ、疲れた。
咳き込んだせいで疲労を感じつつ、あらためて善意の人を見る。背中にあった大きな手は、そっと離れた。
男三人に絡まれている女に声を掛けるくらいだから、腕におぼえのある偉丈夫だろうとは思ったけれど、やはり。
体格につりあう太い首、頬骨と鼻のしっかりとした彫りの深い顔立ちは、自分とは対極にあるように思われる。いかにも強そう。
なんて観察している場合じゃない。お礼がまだだ。
「助けていただき、ありがとうございました」
「いや。かえって迷惑になったかもしれない」
苦笑気味なのは、派手に咳き込んだ理由が自分にあるとお思いなせい。
それは違うとフレイヤは頭を振った。
「実は大声で威嚇しようとしておりましたの。意気込みが空回りしましたわ」
打ち明けると、偉丈夫は信じられないという表情になった。
日焼けした肌と短髪に落ち着きを感じるが、変化の率直さに案外若いかもしれないと思った。
「助けを求めるのではなく?」
「ええ、威嚇」
「それは勇ましい」
笑いをこぼす白い歯につかの間見とれていると、偉丈夫の視線が下へおりる。それを追い自分がまだ彼の腕を掴んでいたと気がつき、慌てて手を離す。
「すみません! とんだ失礼を」
男性は上着ごとシャツの腕をまくっていたので、素肌に触れてしまっていた。力仕事をする方なのだろう血管の浮いた太い腕は、フレイヤには見慣れないもの。
「いや、蝶がとまったようだった」
「まあ」
いかつい男性が言うと可愛らしく感じる。ふふとフレイヤが笑うと、照れた様子をにじませるのもまたいい。
緊張で上がっていたフレイヤの肩がようやくおりた。
「はうるちゃん、あの人誰? 私知ってる、ああいうの『ちょっといい感じじゃない? あのふたり』って言うんでしょ」
声をひそめなくても聞こえない距離であるにもかかわらず、クリスティナは小声で言った。
「お、意外に分かってんな。あいつは俺の子分だ。鍛冶屋にいたからちょいと呼び出したってわけよ」
考えなしに突撃しようとしたクリスティナを止めた狼は「自分が親分あいつは子分」と得意げにする。
隣でぴぃちゃんは、お姉さんを見クリスティナを見してなにか言いたそうに、頬をふくらませる。
「ん? うん、はうるちゃんの知り合いなら悪い人じゃないね。ぴぃちゃん」
「知り合いじゃなくて、子分な」
狼は生真面目に訂正した。