通りすがりの・1
低空飛行するぴぃちゃんを追い越す勢いでクリスティナは走った。山で鍛えた健脚を今こそ活かす時!
ぴぃちゃんが「きゅいん」と角を曲がると思いきや、翼を縦に動かすようにしてその場に留まる。急停止されたようなもので、止まりきれないクリスティナは顔から突っ込む形になった。
「ぶはっ、ぴ、ぴぃちゃん。急にはやめて」
いくら触り心地のいい羽毛でも、顔から突っ込むのはちょっとごめんしたい。
いつもなら「ごめんなさい」としてくれるぴぃちゃんが、今日はなぜかクリスティナの後まで来て、身を小さくして肩に乗る。
どうかしたのかと角から顔を出すと。
「お、来たか」
座ったまま振り返ったのは、紫色の狼だった。あまりに独特な色にクリスティナの目が点になる。
声は、はうるちゃんにそっくりで、顔もはうるちゃんに見えるけれど、狼なんて全員顔は同じだろうから「はうるちゃんに似た狼だ」と結論づけた。
「ぴぃちゃん、狼って山じゃなくて町にも出るのね。で、ルウェリンさんちに近いからここらの狼はみんなおしゃべりできるんだね、すごいね」
クリスティナがひそひそとぴぃちゃんに語りかけると「ガッ!?」と珍しい声がした。
簡単に訳せば「本気? 本気で言ってる?」という感じ。
狼が鼻で笑った。
「俺以外にそんな知的な狼がいるわけねえだろ。それともなにか、その冗談は笑えるとこを俺が見つけて『面白え』っつって笑ってやんなきゃいけねえヤツか」
この品のない話し方はどう考えてもはうるちゃん。認めないわけにはいかない。
クリスティナもそうじゃないかなとは思っていたのだ、認めたくないだけで。
「……だって、お別れしてからまだ全然日にち経ってない。それに、はうるちゃん、その色どうしたの? なにか悪い病気? それとも誰かに嫌がらせで塗られた?」
びっくりするくらい紫色で艶の加減も茄子そっくり。座っているとふっくらぽってりした丸茄子といい感じに似ている。
でも、悪い病気だとしたらかわいそうだとクリスティナは顔を曇らせた。
「はあ!? んなわけ、ねえだろ」
心外だとばかりに大型狼が凄む。
「え、まさかその色がいいと思って自分でしたの?」
口にした思いつきは、当たりだったらしい。予想外のことにクリスティナが目を丸くすると、狼は気分を害したらしくプイッと横を向く。
「ごめん、はうるちゃん。はうるちゃんはいいと思ってしたのに、否定しちゃって。私の考えを押し付けるのはよくないよね。謝ります、ごめんなさい」
紫の尻尾が地面を叩いた。許してもらおうと、クリスティナは真摯に言葉を紡ぐ。
「他にも色はあるのによりによって紫色はないとか思っちゃったけど、はうるちゃんの体だもんね。はうるちゃんがいいと思ったら、それでいいんだから『その色も素敵だと思う』と言うべきでした。うん、よく見たらいいような気がしてきた」
狼の耳がピクッと動く。
「なにごとも慣れって言うし」
慰めていると、瞬きの間に毛色が元の灰褐色に変わった。
「はうるちゃん? 私、紫色もいいってお話をしてたとこ」
「うるせえ。べっぴんさんを助けに来たんじゃねえのか」
不機嫌に言われて、クリスティナはハッとした。




