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狼の退屈

 はうるちゃんと呼ばれた狼は、城主の執務室で退屈していた。

からかって遊ぶ相手がいなくなったからだ。


 すぐそこにはラング・ルウェリン。この家の主が苦い顔で黙りこくっている。

男の声なんざ聞いて楽しいものでもないので、静かなのは結構なことだ。



 望まれない限り姿は見せない。見せてくれと頼まれたのは一度きり、こいつの父親が死んだ時。その時兄はどこかをほっつき歩いていて、父親の死を知らせることもできなかった。


 その葬儀の後、ひとり残った霊廟で「守護様、私が次の当主に相応しい男であると認めてくださいましたなら、拝謁を切に願います」とまあ、古式ゆかしく頼まれた。



 こいつの兄には放浪癖があり、土地を守ることには向いていない。家族や子も持たないほうがいいような男だ。

そりゃお前、ラングのほうが当主向きだろうよ。

それで姿を現してやると、こいつは泣いた。男泣きに泣いた。だからじっくりと眺めてやった。



「ふがいない家で申し訳もございません。本来ならば城砦の主は騎士4家合議の上で決めることとなっているのに、ハートリーとマクギリスの武力紛争において決定される状況が長く続いているのは、断じて許されるものではありません」


言って泣く。


 そうは言うけど無理が通れば道理は引っ込むもんだぜ、お若いの。と狼語は伝わらない。


「私が当主になった暁には、正しい騎士四家合議制に戻し、当家が砦を治める日が再び来るよう努力いたします。どうぞ見守っていただきたく」


 おいおいと泣く。落ち目のルウェリンにかつての勢いを取り戻したい気持は分かるが大丈夫かこの男、と呆れ混じりに心配になったものだ。




 近頃は、騎士爵では不足だと男爵位を叙爵しようと奔走。

マクギリスの子を保護しておけば、合議で優位に立てると考えて「シンシア・マクギリスかもしれない子供」を保護した。



 現れたのはクリスティナ。あれにはマクギリスのカラスがついていた。


狼はふあっと欠伸をした。


 マクギリスのカラスは前は黒一色だったが、ずいぶん明るい色に変わっていた。器用な奴だ。俺は色を変えようなんて思いつきもしなかった。暇つぶしにやってみるか、紫とか。



 そしてカラスはクリスティナと仲が良い。クリスティナがマクギリス家の跡取り候補としても、あの仲の良さは異常だ。

あいつクリスティナ、面白いもんな。いいな、うちのラングつまんねえもんな。



 カラスが「ぴぃちゃん」で、俺を「はうるちゃん」だと。名前がついたのは初めてで、バカにしてるのかと思ったら、本気だったところが笑えた。


 なんだ「はうるちゃん」って。もっと考えてつけろよ。俺が受けたから永遠にはうるちゃんになっちまったじゃねえか。



 未亡人も行っちまったし、俺暇。毎日することあったのに、なくなった。俺もクリスティナと行こうかな。



 頭上からラングの長いため息が聞こえた。幸せが逃げるあれだ。

辛気くさい顔にまた地味が張り付く。


 こいつを捨てては行きづらい。さっき元男爵夫人はいいからシンシアを探せ、と命じていた。

ってことは、クリスティナ戻ってくるかもしんねえな。戻ってくるといいな。



 そういや放浪癖のある長男、昨夜久しぶりに帰って来たけどまた出てったか?

 俺の実力をもってすれば、あいつについてくのも楽勝。少しくらいなら、ここを留守にしてもいいだろ。



 それにしても暇過ぎる。クリスティナとぴぃが来る前は、どうやって暇を潰してたんだったか。

ま、しばらく寝て待つか。


 狼は脚に顎を乗せて伏せ、尻尾をパタリとさせた。


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