それぞれの脱出
「くそっ」
立ち止まり騒ぎに耳を澄ませた後口汚く罵ったウォードを、ブレアは咎めなかった。そのひと言で撤退を決めたことを察したからだろう。まったくもってよく分かっている男だ。
今のウォードにはそれすらも腹立たしい。
来た通路を戻りながらも苛立ちは増すばかりだった。
見つかったのは自分達ではない。同じ日に偶然別の侵入者があり下手を打った、まず間違いない。
よりによって今夜、よくも俺の邪魔をしてくれたな、間抜けが。
城壁を越え、もういいだろうという所まで来て、これまでずっと無言だったブレアが口を開いた。
「若様、ご英断でした」
ウォードは返さずに黒ぐろと存在感を放つ城を睨みつけた。
ここにクリスティナがいるかどうかを確かめる機会は失われた。次などない。
「誰か潜り込ませましょうか。少し時間はかかるでしょうが、確実です」
ウォードの顔色を窺いつつされた提案は、ルウェリンが使用人を募集した折にこちらの手の者を送り込むというもの。
確実であるし、今のところそれより方法はない。
どうしてもすぐに知りたいのだと言い張れるほど、ウォードは子供ではなかった。
返事をしないことが返事となる。
「私の方で手配します。ルウェリンの弱みを探ると言えば名目も立ちます。しばしお時間をください」
ウォードは浅く頷いた。
「一緒で私は嬉しいけど、お姉さんはいいの?」
クリスティナに心配されたのは、抱えて窓枠を越えさせた時。窓枠にお腹を潰されたフレイヤが「ぐえっ」とルウェリン様の押しかけ花嫁候補にあるまじき声を出した。
クリスティナが聞こえないふりをしたので、フレイヤも澄ました顔をする。
窓枠ひとつ越えられなくてどうしてこの子がひとり旅などできるものか。頼りない私でもいないよりはいいだろうと腹をくくる。
手持ちのお金は全部持ってきたので、帰りの旅費には十分だ。女ふたりの旅は不用心だけれど、用心棒を雇うまでのお金はない。
うまく他の旅人に同行するのが現実的だと思う。
「いいのよ。どうせもう少ししたら帰るつもりだったわ。ルウェリン様には置き手紙をしてきたから、早朝に出発したと思ってくれるんじゃないかしら」
安否確認に来る様子もなかったので、夜のうちには来ないと思う。朝食のワゴンが室内に入らないことで自分の不在が知られると、フレイヤは考えている。
「お姉さんの袋も作ってよかったね」
「本当よ。謀ったみたいにね」
「でもお荷物増えてる。なかはなに?」
にこにこしながらクリスティナが、フレイヤの腰に巻きつけた包みを指差す。
「ティナちゃんにもらった石とどんぐりよ。ごめんね、お花は置いてきた。他にもちょっと見直したら、あれもこれもってなってしまったわ。私はダメね、思いきりが悪くて」
「お花はまたいつでもあげるから、気にしないで」
草に足を取られながら結構な距離を歩く。ようやく城壁まで着いた。
よじ登るのは至難の業に思え絶望的な気分を味わうフレイヤをよそに、元気な独り言。
「え、ここ。こっち? こう。おお!」
カタリと音がして。
「木戸が開いたよ、お姉さん」
薄暗さにまぎれて石に同化していた場所。なんと通用口があったらしい。
鍵もかかっていないなんて都合が良すぎない?
フレイヤの疑問は今夜何度めかのものだった。




