さようなら、オヤジ狼
フレイヤお姉さんにお別れを言い、住所を教えてもらった。落ち着いたらお手紙を書くと約束する。
クリスティナがひとり廊下に出ると、不思議なほど静かだった。
廊下の突き当りにぴぃちゃんとはうるちゃんが並んでいる。
おしゃべりでもしていればいいのに、揃ってこちらを向いていて、ぴぃちゃんには少し疲れた感が。
これからお出かけするのに大丈夫かと思う。
クリスティナがつま先立ちで足音を立てないよう小走りにすると、はうるちゃんが「この辺りにゃ誰も近寄らないようにしてあるから、コソコソしなくていいぜ」と簡単なことのように言う。
「はうるちゃん」
「改まるなって。いい、言わなくていい。俺との別れが辛いんだろ」
「……たぶんそうかもしれない、かな」
いや、そうじゃなくて。にんまり心得顔をされたけれど、いつもながら、はうるちゃんの自信はどこから来るんだろう。
こうまで言い切られると否定しづらい。
「ぴぃにお役立ち情報は伝えておいたが、ぴぃの頭ではどこまで覚えられたか、ちょい心配ではあるな」
これはまさにオヤジの手法。押しつけがましくお礼を言わせるあれ。
例えぴぃちゃんが「クドい、クドいんですよ。はうるちゃん。ぴぃは同じ話を百回聞きました。ついでにお礼も百回以上言いました」と半眼でがっくりとしていても。
顎をしゃくる狼にはこう言うしかない。
「ありがとう、はうるちゃん」
「いいってことよ」
はうるちゃんにお願いしたいことがあった。
「はうるちゃん、フレイヤお姉さんをよろしくお願いします。守ってあげて」
「ん? おお」
もうひと押ししておくか。クリスティナはとっておきの情報を伝えることにした。
「お姉さんね、あんなに若いのに旦那さんを亡くしてるんだって」
お気の毒な境遇に同情して親身になることを期待した、クリスティナの策だ。はうるちゃんの金眼がこれまで見たなかで一番の輝きを放つ。ギラリ。
「未亡人か! たまんねぇな、ヤル気出るわ。任せとけ」
繰り返し「たぎる」って言ってるみたいだけど、なんだろう「たぎる」って。
ぴぃちゃんに解説を求めると、「ケダモノ、ケダモノがここにいますよ」と恐ろしそうにしている。
はうるちゃんは狼だから、元からケダモノなのに。ぴぃちゃんったら今さらですよ。
そろそろ本当に行かないと。クリスティナは、はうるちゃんの前に膝をついた。
「親切にしてくれてありがとう、はうるちゃん。ここでのこと忘れない、はうるちゃんも私とぴぃちゃんのこと忘れないでね」
クリスティナの肩に狼の頭が乗る。自然に首に腕を回した。
「今生の別れみたいな言い方はよせよ。会いたい時にはいつでも会える、だろ?」
ルウェリンさんちには戻らないので、そんなことはない。それに、そこまで、はうるちゃんに会いたいかは謎。なんて思いが油断に繋がってしまった。
「ぎゃっ、舐めた! ヨダレはつけないでって言ってるのに! 」
狼を押しのけて頬を必死で拭うクリスティナ。してやったりの狼。やれやれと首を振る白いカラス。
「はうるちゃんって、本当にオヤジみたい!」
狼は悪口にも余裕で「ふっ」とした。