曲者
叫び声が聞こえたような気がして、クリスティナは手を止めた。気のせいかと思って耳を澄ますと、また叫び声がする。
とっさにフレイヤを見れば、深刻な顔つきでクリスティナを見ていた。たぶん自分も同じような顔をしているのだろうと思う。
ぴぃちゃん、あれはなに。返事を求めて視線を動かすと、今の今までそのへんで暇そうにしていたぴぃちゃんは、閉まった扉を向いて動かない。
何が起こったのか分からないのでそうしているのか、クリスティナに無関係だと判断したのか。
「ぴぃちゃん、ちょっと見てきて」と頼もうかと迷っていると、フレイヤが持ち出し袋代わりにした大判ストールの端を交差させて手際よく結んだ。
「よし、できた。これで心強い……と言いたいところだけど、なにかあったのかしらね」
全然心強くなさそうな顔で言うのが少しおかしい。クリスティナがそう思うと、フレイヤが口の端を上げる。
「ティナちゃん、笑ったわね? 私のこと大人のくせに怖がりって思ったんでしょう」
「そんなことない」
怖がりに大人も子供も関係ない。だってマクギリスの奥様は、誰よりも怖がっていらしたもの。
「なんでもなかったのかしら」
自分に言い聞かせているように感じる呟きが消える前に。
「曲者だっ」
今度ははっきりと聞き取れた。
フレイヤの顔色が変わる。クリスティナにも緊迫感は伝わったけれど。
「くせものって、なに?」
そこ、そこからですか。というがっくりした気を発したのは、フレイヤお姉さんではなくぴぃちゃんだ。
そうは言ってもね、ぴぃちゃん。ちょっと考えてみて欲しい。私はまだ十年も生きてない子供で、憶えがあるのはその半分なわけですよ。
知らないことがあるのは仕方ないと思う。素直すぎる態度はちょっとだけ私に失礼。
クリスティナが長々しい申し開きをしつつ文句を言おうと思ったら、ぴぃちゃんの姿はなかった。
フレイヤが立っていって扉に鍵を掛ける。
「曲者っていうのはね、怪しい人とか侵入者っていう意味よ。普通に生活していたら聞かない言葉ね」
扉を背にして明るい口調で続ける。
「この家の人以外の人がいたか。人影を目撃していなくても、知らない間に窓が破られていたり扉が壊されていたら、守衛は注意喚起のために叫ぶでしょうね。ま、実は伝え忘れていただけで『ずいぶん前からそこは壊れていました』『なあんだ、騒いで損した』なんて話も、よくあるのよ」
にっこりとするのは、怖がらせないようにという優しさだと、クリスティナにも分かった。