侵入者ウォード
「それにしても、若様が気にかける『クリス』が女の子だったとは」
「しつこい。俺は山賊の子が男子だと言った覚えはない」
「でも私が勘違いしていたのを、訂正しませんでしたよね」
「男女の区別は重要か?」
クリスティナが女の子だと知れば、ブレアは当然様々な疑問を持つ。それに返事をするのが面倒で、ウォードは性別について触れないようにしてきた。
街で聞き込みをして、引っ掛かりを覚えたのだろう。ブレアが「若様の少女」と言うのを否定せず聞き流して以来、この会話は何度めかだ。
ブレアが鎌をかけたことにはもちろん気がついたが、そろそろ隠すのも面倒になった。それで手に乗ったのだが、ずっとこんな風に言われ続けるならいけるところまで黙っておけばよかった。
ウォードが不機嫌をあからさまにしたことで、ようやくブレアが口をつぐむ。
どうせまたしばらくすると「繰り返しになりますが」と始めるのだろうが。
夜になるのを待って、ウォードはブレアとふたり鉤縄を使い高い石塀を乗り越えた。
まさかこんなものまで持ってきているとは知らなかったと呆れたが「道中なにがあるか分かりませんから」とブレアは飄々としたものだ。
ルウェリン家の敷地は広く警備員は少ない。侵入はたやすかった。
使用人が仕事を終え部屋に引き上げるのを見計らって探索しようと、物陰に潜んでいるところ。
「知った時には、兵も困ったでしょう」
知らずに男子校に女の子を入れようというわけだから。
切り口を変え同じ話をするブレアが兵に同情的であるのは、口調からも伝わる。
そろそろ聞き飽きた。ウォードは無言で立ち上がった。
「ひと気が少なくないか」
「広すぎてもて余しているのでは」
ブレアが「普段使用する場所を限っているのでしょう」と判じるのを聞きながら進む。
厨房や城主の部屋の位置は、城の造りを考えればある程度の推測はつく。
難しいのは「女の子」がどこにいるかだ。扱いが客であるか使用人であるかにより、部屋の位置がまったく変わる。
今夜を逃せば次の機会はない。「女の子」が必ずクリスティナなら多少の無理はするが、ウォードもブレアも捕まることはおろか顔を見られることもあってはならない。
不意に離れた場所で叫び声があがった。一声、二声。
そこから一気に雰囲気がざわついたのが肌からも伝わる。
「若様」
ウォードは薄暗い先を凝視した。