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クリスティナ5歳 人生最大の危機

 どこかで窓が割れた。扉を乱暴に扱う音と争う声が響く。

クリスティナの不安はこの上なく高まっていて、ちょっとしたきっかけがあれば叫んでしまいそうだった。


娘の感情を察知して先に釘を刺すのは母のメイジー。


「騒がないで、クリスティナ。あなたより小さいシンシアお嬢様がお利口になさっているのよ。あなたにもできるわね?」


 シンシアの肩を抱いて厳しい眼差しを娘に向ける。五歳のクリスティナと四歳のシンシアの背格好は同じくらい。

母の仕事は伯爵マクギリス様のひとり娘シンシアの子守りだ。


 いつもそう、シンシアお嬢様と比べてクリスティナはそれより良い子であることを求められる。



 クリスティナを黙らせたのち、母メイジーは長椅子に伏せる伯爵夫人を心配そうに見やった。


「奥様、お気を確かに」

「もうだめよ」


瞼を閉じたままで弱々しい声が返る。


「そんなことは、ありません。旦那様がきっと砦を守ってくれます。すぐに敵は引き上げますわ」

「私はあなたほどに信じることはできないわ……。エイベルの顔も一昨日から見ていない。敵に捕まってしまったのよ、きっと」


 エイベルとはマクギリス家の子息でシンシアの兄、今はこの城のどこかで攻め込んだ敵と戦っているはずだ。


「そのような不吉なことは、おっしゃいますな」

「――そうね」


 諫められて納得したのではなく会話が面倒になったのだとわかる雰囲気が漂った。



 二組の母娘がいるのは、有事のための隠し部屋。窓はなく時間の経過がわかりにくい。

ずっとなにかを考えていたらしいメイジーが顎を上げた。


「奥様、私と服を取り替えてくださいませ」


替えてどうするのかと、視線だけで伯爵夫人が問う。


「私とこの子で奥様お嬢様の身代わりを務めます。おふたりはどうにかしてこの砦を脱出してください」



伯爵夫人の不思議そうな表情は次第に微笑に変わる。


「逃げてどうするの」

「外には味方もおりましょう。どこかに身を隠して旦那様とエイベル様のお迎えをお待ちになって」

「私が。私に泥にまみれるような苦労をしろと?」


 いつもは穏やかな夫人の息を吐きながらの笑いは嘲るよう。クリスティナは怖くなったのに、母は引かなかった。なおも熱心に勧める。


「一時のことにございます」

「あなた、自分にできるからといって人に求めるのは間違いだと思うわ。私にはできないし、したくもない」

「そんなことをおっしゃらずに、お嬢様のためにも」



 瞬時に笑みの消えた頬に、豪華な指輪のはまった貴婦人らしい細い指が添えられた。


「そこまでシンシアを心配するなら、あなたが連れてお逃げなさいな。私は嫌よ。城主の妻たる私が夫の許可なく城を捨てていいものではないわ」

目を細めて続ける。

「あなたひとりでは逃げづらかったのでしょう? シンシアの命を救うのは逃げ出す名目として充分では?」



 奥様が綺麗なお声ですごいことを言っているような気がする。

クリスティナがこっそりと見た母は明らかにショックを受けていた。


 メイジーの指に力が入ったらしい。シンシアお嬢様がすがりつく。

当然のごとく抱きしめた母は、唇を引き結び厳しい顔つきになった。



 伯爵夫人がよろけながら立ち上がり壁を撫で回すと、薄暗い部屋のなかにさらに暗い空間が出現した。

鼻を両手で押さえてもわかるほどカビ臭い空気が流れ込む。


「うまく行けば外に出られるかも。行きたければお好きにどうぞ」



 感情の乗らない伯爵夫人の声を聞きながら、クリスティナはシンシアと繋がれている母の手から目が離せなかった。




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